初めてのアイアンマンモード

グラン・シエクル

17世紀後半のフランスは戦争に次ぐ戦争を起こし、国威を大きく高めた。この天才的君主シャルル10世と後継者フランソワ1世の治世はグラン・シエクル(大世紀)と後に称えられる。

ヘッセン継承戦争

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ヘッセン選定侯位を求めるフランスとスペインの戦争は欧州大陸を戦火に包んだ。フランス側にたつのは新教国ボヘミア・デンマークとナポリ、同君連合下のヘッセンでスペイン側に経ったのは同盟国オーストリアとその同君連合のロシア、及びミラノと小諸侯で戦力では65万対80万だった。戦争開始時点でフランスは選定侯位を継承し、戦争目的はスペイン側のヘッセン占領で、つまり防衛戦争で多少戦力差があるが別段不利という訳ではなかった。
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戦争開始直後スペイン国境に駐屯させていた8万の軍を4万の2隊に分けスペインへ侵攻、というのはスペインは当時インド諸藩とも戦争しておりもしかしたら首都占領を狙えるのでは…と考えていたからだ。しかしスペインは12万の軍を本国に残しているのを発見するとすぐさま撤退、スペインとは防衛戦をすることにした。

オーストリア軍が3万の軍を移動させてるのを確認したのでスペイン方面の4万、帝国との国境地帯の部隊2万の合計6万の軍で捕捉、戦闘に入りこれを撃破し強行軍で追い打ちをかけ殲滅に成功する。続いてもう一つ4万の帝国軍を見つけsundgauで野戦を開始するがサヴォイから北上したスペイン軍8万と後続のオーストリア軍4万がこれに救援に加わり、こちらもナポリ軍2万が加わるが頼みのミラノ方面にいたボヘミア軍8万が救援に来ず敗走させられ-12点も食らってしまう。しかしここでは役立たずのボヘミア軍だがオーストリア領内で皇帝軍のいくつかの部隊を殲滅させていたこともあって戦勝点は20点を超えconcede defeatすれば和平できる状態になった。だがスペイン軍の動きが鈍いこととオーストリア軍が半減したこと、デンマーク・ロシア国境が突破されていないことを受け決定的勝利を納めるまで戦争を継続することにした。

遅れながら到着したデンマーク軍も加わり帝国内では完全に新教側が優勢で各地を占領し、スペイン・フランス間では帝国方面軍を引き上げ数でほぼ同等にならべたためスペインにフランス領の占領を許さず、新大陸では下北・ラヴォイルがスペインカリフォルニアを圧倒したため戦勝点は60点まで詰み上がりこちらに有利な講和条件を飲ませるのが可能になった。以前より低地地方での帝国との国境でオーストリア領がこちら側に食い込んで凹の字のようになっていたのが気に食わなかったのでこの原因のカンブレーの割譲とやっかいなオーストリア・スペインの同盟破棄は講和条件の中で確定だった。

加えてアントウェルペンノードでの支配権強化のためオーストリアを全土占領し皇帝との単独和平でさらにフランドルを独立させるか、あるいはより軽くなるがスペインとの全体和平でフランデレン・ヘントを割譲させフランドルを属国独立させ今後の戦争でアントウェルペンをコア返還させるかで悩んでいた。結局オーストリアを全土占領するのはめんどくさかったため後者で和平した…がこれは結論から言うと間違いだった。しかしこの戦争で北西オーストリアで大きな領土を持つヘッセンを継承しただけでなく大陸で最も強力な軍をもつことを確認できた。これはフランスを自信付けさらなる戦争を引き起こすことになる。

包囲網成立

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3州失敗でも本来は包囲網はできないと思っていた。 直接割譲させられるオーストリアはフランスをライバル指定しているのを確認した上でAEをもろにうけるライン諸侯、オランダはもちろんイタリア諸国とも最低限友好度を上げていたが包囲網はできてしまった。いや、できてしまったという表現が間違い……!包囲網はそもそも日本を散々侵略していたせいで日本が提唱した包囲網がメンバーは日本だけのままずっと存在していた。これに気づかなかったのでまぁ3州割譲でも包囲網は形成されないだろとたかをくくっていたのだが既存の包囲網への参加という形でこれらの国がフランスを包囲することに。極東の日本の提唱する包囲網にろくに海軍持たない国が次々と参加ってどういうことなの……

対オーストリア戦争

スペインと再度同盟をくまれないうちに停戦条約が切れた日に宣戦布告、今度はスペインがいないため戦力で勝っておりsundgauの割譲、フランドルへのアントウェルペン返還、プファルツへのオーバープファルツ返還で和平した。

プファルツ継承問題

プファルツは継承者がいないまま統治者が60歳を超えていたため何としても婚姻してclaim throneしたかったが包囲網に参加中で婚姻してくれず、関係改善や贈り物、経済支援その上コア返還までしたが結局包囲網を抜けてくれずそんなうちに統治者が死んでしまった。悲しいなぁ。

対包囲網戦争

残念なことに先の戦争でオーストリアのはフランスをライバル視するのを諦め包囲網に加わったため日本を侵略するのが主目的なはずなのに主な戦場は帝国内の戦争になった。オーストリア単独では仏捷丁新教同盟にとても勝てず日本から4州割譲で和平した。

対英戦争

またもラヴォイルとニューファンドランドの戦争が本国同士の戦争に発展、しかし本国同士は結局戦闘を行うことはなく下北・ラヴォイル対ニューファンドランド・イングリッシュメキシコ間で戦勝点がどんどん詰み上がりニューファンドランドから6州割譲で和平した。カナダ植民地域に1州だけフランスが持っており北アメリカに青いシミができてたのが気に入らなかったのでここで割譲させた6州のうちカナダ地域の4州(他2州はラヴォイルへ)とあわせて植民国家を成立させこの地域を水色1色にしようとこの時点では考えていた。しかし2つ問題が発生し、1つは州を割譲しただけでは植民国家は成立しないこと、つまり最低でもその地域で5州コア化しなければならない仕様を知らなかった。もうひとつは植民地の割譲もoverextentionを普通に加速させ今回の割譲で先のコア化のすんでない日本列島の領土とあわせてOEが100を超えてしまったことで、カナダでは反乱が毎月起こり対日本、つまり包囲網戦争は延期しなければならなかった。

ヴェルサイユ宮殿

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イベント発生。1000ダカット建設可能で国庫が12kを超えていたので建てるがこのイベントで可能になる政策は首都がイルドフランスでしか起きないのでぶっちゃけ金の無駄だった。

帝国解体計画

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カナダ州のコア化が済み植民国家F.C.O.H.を成立させ安定を取り戻したフランスはかねてから計画していた帝国解体を実行段階に移す。解体には全ての選定侯が解体者/皇帝陣営にいることがひつようだが解体者側は直接戦争に参加しなくても同盟しているだけで大丈夫で、更に皇帝陣営である条件は皇帝との戦争で敵側として戦闘していることであるが(皇帝との戦争中に他の諸侯との戦争を始めるのは不可能なので、殆どの場面で皇帝との戦争に敵側として直接参戦している必要があると思われる)幸いながら包囲網にトリーア・プファルツが参加中でボヘミア・ヘッセンは既にこちら側陣営のためブラウンシュヴァイク・ブランデンブルク・ケルンを同盟に引き入れれば解体の条件は満たされる。これを実現し包囲網に宣戦布告した……のだが。

第二次対包囲網戦争

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軍の配置をすすめていた時にナポリから参戦要請がくる。ナポリはブランデンブルクに宣戦されたポンメルンから戦争リーダーを委譲されたようだが問題なのはブランデンブルク側にデンマークがいることだ。那丁ともにフランスの同盟国でありどちらかを選択しなければならず戦力の大きいデンマークを選びこの要請は断ることにした。そして日本に宣戦して包囲網との戦争を開始するが……
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この画像は戦争開始直後のものではなく包囲網を完全に叩きのめした後のものだが確かに包囲網にオーストリアはいたのに参戦しなかったようだ。どうやら包囲網の中で内輪もめがあったようでミラノ対皇帝、トリーア対皇帝の戦争が別に起きているせいで包囲網のうち一部しか参戦しなかったようだ。本当にこのプレイでは知らなかった仕様に何度も困らされますね……敵に小国しいないので全滅の上各地を占領、日本から4州割譲で和平した。

帝国解体計画(2回目)

ヨーロッパでの拡張を行わなかったため包囲網から選定侯と皇帝が脱退、なんらかの手段で選定侯にはどちらかの陣営に参加させる必要があったが両選定侯とも関係改善、贈り物などで同盟を組みこれで条件はみたされた……と思ったらブラウンシュヴァイクが皇帝の属国になってた。まぁ属国は戦争に強制参加なので問題ないですが。

帝国解体戦争

予てから実体を持たないのに法的に帝国を維持し皇帝を名乗り続けたオーストリアに宣戦布告、ここでフランスが勝てばもはや帝国は名実ともに消滅するだろう。

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皇帝との関係を重視しデンマークやその他選定侯は参加してくれず向こう側には改めて同盟を組み直したスペイン、北ドイツで一定の勢力を誇るハンザ・ポンメルンが参戦し戦力は63万対85万、ヘッセン継承戦争と比べこちらが攻撃側なのもあり不利である。フランス軍は傭兵含めた25万の軍を帝国へ越境させハンザ・ポンメルン軍を殲滅し選定侯ブラウンシュヴァイクの首都の占領を開始、さらに南部ドイツに殺到した皇帝軍も壊滅させウィーン包囲に取りかかる。しかしここでスペイン軍20万がピレネーを超えてきたため軍の大部分をフランスに戻しスペイン軍5万の部隊を殲滅、戦勝点が15貯まったので4000ダカットの賠償金を払いスペインとは和睦、これが正しい金の使い道だから……ここでロシア軍10万が北ドイツに現れる。帝国に兵を戻すも間に合わずブラウンシュヴァイクは一旦解囲しその後ロシア軍を撃退。この時点でオーストリア本国の占領は完了し残る占領目的地はブランシュヴァイクのみとなった。皇帝側は散発的に5万程度の軍を形成してくるもフランス・ボヘミア軍にかなわずブラウンシュヴァイクは陥落、要塞レベルが5だったためかなり時間がかかった。この期間に陸軍伝統+20か人的資源5万増加という神イベントが起こった。そして……
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dismantle empireが選択可能に

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えっ…これだけ……なんかテキスト付きのイベントでも起こると思ってたんですが……まぁそれがEU4なんでしょうね。オーストリアとはVaudの割譲、スイスへのコア返還、低地地方のコア取り消し、ブラウンシュヴァイクの属国解放(属国譲渡ではない)で和平し、ここにオーストリアとの半世紀の長い戦争は終結した。
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もはや帝国MAPモードを選んでも灰色一色である。実積「Ruina impeli」が解除された。

日本併合

京都と筑前を残すのみの日本に宣戦、征服。

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実積Rising sunが解除された、何気にこの実積は最近追加されたもののためか解除率がかなり低い。となりの青はKoreaでFranceではない。

17世紀のまとめ

フランスは長年抗争関係にあった不逞のドイツ皇帝を打ち倒し、そして極東の島国ではもう1人の皇帝を放伐した。皇帝の庇護を失った諸侯が消滅するのも時間の問題である。

17世紀までのまとめにつづく


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Last-modified: 2014-04-06 (日) 21:35:39