AAR/六芒星の影

六芒星の影/5(1581~1637) 西へ   イベリア・イタリア・コロンビア

同盟頼みの欧州侵攻・宣教師についての勘違い

第一次Spain戦

SpainがCAPEの隣に入植してくれたので、聖戦CBが使用可能に
(エチオピアはまだアフリカ国家なので、植民地主義CBではない)

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欧州国家との初戦
といっても陸戦は殆どOttomansに任せたが。

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海戦勝利

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Brittany個別講和。ブリテンに請求権捏造が可能に

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Ottomansが降りたので終戦。ジブラルタル海峡の両岸とAragon、Naplesの種地を獲得

戦後の出来事
Naples属国作成
Majapahitから1州(インドネシアのジャワ島中部)カツアゲ

第一次Portugal戦

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今回はFranceを当てにして宣戦布告
植民完了間近のPortugalの植民地が象牙海岸に2州あったので
開戦前に隣接州に小部隊を上陸させておき、開戦直後に接収した

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The_Papal_State個別講和
ROMA獲得、宣教師が増える!!

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と思ったが勘違いだった。ROMA保有で宣教師が追加される条件を
「国教がカソリック以外」と誤解していたが、正しくは
「国教がカソリック以外のキリスト教グループまたはイスラム教グループ」だった。

ちなみにユダヤ教の場合
MECCAを保有してもROMA同様に宣教師は追加されないが
JERUSALEMを保有すると追加される(聖地なので当たり前か)

従ってユダヤ化したエチオピアの宣教師数の最大値は
(基本)+(宗教アイデア1つ目)+(NI5つ目)+(JERUSALEM保有)=4
となる。NIに宣教師追加があって良かった

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Genoa個別講和

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Spain個別講和

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終戦。本土とコロンビア植民地域の大半を割譲させた

ミャンマー沿岸・アラビア・南部イタリア

Hormuz戦

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Hormuz領そのものは交易経路上さほど重要ではないが、
Delhiと同盟していたBengalが明の保護下にあり、
尚且つDelhiを除く同盟相手も悉く明の朝貢国だったので攻めづらかった
明への陸路を繋げるためにもBengal攻略は必要だった

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1年半でMamluks個別講和。ゲーム開始当初は恐ろしい存在だったが・・・

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後継者交代。後年廃嫡
お家断絶よりも無能君主の方が恐ろしい

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Bengal個別講和。沿岸部を押さえたが、後から考えると内陸深くに進んでおくべきだった

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Sind個別講和

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終戦。包囲網が広がってきた

第二次Spain戦

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Franceの援軍としてBrittany戦の最中にSpainとの停戦明け
包囲網に加わる前にこちらから宣戦布告
今回も敵主力はFranceとOttomansに対処してもらう

2年以内にThe_Papal_State・Sienaと個別講和
いずれも同盟破棄+金銭で決着

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終戦。新大陸の植民地国家を放置していたため時間がかかった
戦中に"Global Trade"受容→受容ボーナス+「インド貿易会社の設立」Dicisionで商人+2

絶対主義の時代

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可能な限り自治度を減少させ絶対主義を稼ぐ
この時ばかりはエチオピアの伝統(自治度変化-0.05/月)が恨めしい

主戦場が欧州に移ることを見越して、Qara_Qoyunluとの同盟を解除しBrandenburgと同盟

その後Ottomansにライバル指定されて同盟解除

第二次Portugal戦

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孤立していたPortugalに宣戦布告し、欧州追放
PortugalはGRAIN COAST1州のみの小国へ

第四次Mamluks戦

Ottomansに気兼ねする必要が無くなったので宣戦布告
(地中海側のMamluks領をVital_Interestに指定していたので同盟中は避けていた)

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Funj個別講和

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ソロモン王朝断絶を覚悟していたら有能後継者(5.4.2)登場
こういう時に備えて、ご先祖様が直系以外の王子たちを山に隔離しておいてくれたらしい

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終戦
肝心のJERUSALEMを取り忘れるという大失態

戦後の出来事

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Scotlandが滅亡寸前だったので、外交属国化を目的に同盟
コロンビア植民地が10州を超えたので商人+1

包囲網

第二次Betsimisaraka戦(包囲網解除①)

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包囲網解除のため宣戦布告。第一次の終戦は約100年前だった。
半年で終戦

戦果
割譲:Tunis 1(TUNIS州)

第三次Spain戦

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2年半で終戦

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その他の戦果
割譲:Kiche 4(メキシコリージョン)
完全併合:Portugual

戦後の出来事
新帝即位(山に隔離されていた能力5.4.2の王子)
即位直後に能力2.5.6継承力strongの後継者誕生
Songhaiに和平を強制してScotland属国化
(Scotlandの首都がFALKKANDで、膠着状態が5年以上続いていた)

第三次Betsimisaraka戦(包囲網解除②)

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2年強で終戦

戦果
割譲:Morocco 2(地中海沿岸)、Mutapa 4(金産出州を含む)
完全併合:Malacca・Fezzan

戦中に国難「宮廷と地方」発生

1637年の状況

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属国:Naples、Scotland
同盟:Timurids、France、Brandenburg

ようやくETHIOPIAの文字が視認可能に

アイデア

アイデアは3番目に影響、4番目に統治を選んだ
Yemenの併合(1540年頃)には外交併合割引(影響アイデア③)があったはず
統治アイデアの選択は1585年頃

影響アイデアのAE抑制があるのに6年で包囲網2回・・・

所感

アジア方面:思うように拡張が進まず商人が追加されない、JERUSALEMも取り忘れる
欧州:領土こそ獲得したものの交易収入に直結しない、文化の違いや自治度の高さから人的資源や税収もすぐには増えない
など達成感につながる成果があげられず、それらの理由が勘違いやミスだったこともあって我慢の局面が続いた時期だった

次の目標

①ブリテン
②Ottomans
③明への道路工事
④追加の宣教師(=Mamluks領JERUSALEM)


The Shadow stands.
AAR/六芒星の影/6(1637~1687) 脱阿入欧 ブリテン・アナトリア・スカンジナビア


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Last-modified: 2019-12-01 (日) 08:16:22