AAR/女王想話

第六話 ~ランカスターの夢~

Now is the winter of our discontent Made glorious summer by this sun of Lancaster.
And all the clouds that lour'd upon our house In the deep bosom of the ocean buried.

海の都にて

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窓の先は夕暮れに染まるカナル・グランデとゴンドラ乗りの歌が世界を彩っていた。

私が一仕事を終えて自宅の扉を開くと、友が開けた窓の桟に座って一通の手紙に目を落としていた。
この友は英国からやってきた留学生で時折こうして我が家に忍び込んでは勝手に寛いでいる猫のような男だ。
私は前に見たときよりも肌が日に焼けている友に尋ねた。

「何時帰ってきた」
「昼にはサン・マルチーノ号に乗り換えて着いた。ルドガーに説教を食らいそうだったので逃げてきた……そんなことよりも面白い手紙があるんだ」

ルドガーとは彼のお目付け役である執事の名前だ。
差し出された上質の洋紙皮で拵えられた手紙を手にとり、文面に目を落とす。

「おめでとう、ウィリアム」
「まさか私にこんな役目を押し付けるなんて…。全く持ってデウスの選択というやつは度し難い」
「それでも然るべき場所に人は落ち着くものよ。貴方も、私もね」

目の前の留学生は頷いた。
後の英国女王、マリー2世の婚約者となったウィリアム・ダドリーがヴェネチアを離れた後、出会うことはないだろう。
けれど私は知っている。

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彼が退廃に塗れ、歴史の中に埋もれようとしている侵略者――大英帝国を守る盾となるであろうことを……。

~ ヴェネチアの職人 マリア・スカルラッティの述懐 ~

ノルマン・コンクエスト

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1590年、マリー2世の即位を以って神聖ローマ帝国皇帝冠はバイエルン選定侯フレドリック2世に渡った。

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マリー2世は自らの統治においてスペインを宿敵と定め、滅ぼすことを宣言する。

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しかし神聖ローマ帝国皇帝を失ったこと、更に急激な拡張が仇となって外国との交渉を成せる人手不足は大英帝国のネックとなっていた。
これは皇帝の権威で得ていたドイツの人材が離れていってしまった事が負担に輪をかけていたようだ。

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アントワープでは劇作家ウィリアム・シェイクスピアの作品が評判を呼び、マリー2世も夫であるレスター伯ウィリアムを伴ってお忍びで観賞していたようだ。

This wide and universal theatre Presents more woeful pageants than the scene Wherein we play in.

~ この世界という広大な劇場は、我々が演じている場面よりもっと悲惨な見世物を見せてくれる ~

女王はシェイクスピアの劇でこの台詞が最も印象に残ったと侍女に伝えている。

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征服者は征服者であることを止めようとしなかった。
全ての戦争を差配したのはマリー2世に権限を与えられたステファン・ベレスフォード元帥である。
無論、この人選はマリー2世が助言を求めた相手であるレスター伯のものだった。

女王は野蛮な戦争の事など何も知らなかった。
一方で賢明にも自分の限界を弁え、人を見る目は確かだったので自分の手に余る事は余計な口を挟まず専門家に委ねていたのである。
その際の人選にも政治的調整の専門家であるレスター伯が適切な助言を挟んでいた。
派閥を適度に争わせることで産まれる緊張感が大英帝国を活気付けていたのである。

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こうして大英帝国はスペイン帝国を少しずつ追い詰めていった。
まさしく今、この海洋帝国を滅ぼす為にレスター伯ウィリアムの戦いが始まろうとしている。

~ 宮廷歴史家 アンドリュー・ギボン著「マリー2世治世録」 ~

スペイン戦役

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「やはり我々の知りえぬ彼方から補給を受けているとしか思えません。スペインはこのままですとイベリアを捨ててでも帝国に歯向かうでしょう」

スペインを支配下に置く為の戦役が始まってから7年の時が過ぎようとしていた。
3度の戦いを経て、首都マドリードを占領下においても抵抗を続けるスペイン帝国。
スペインの膝を屈するためにはどうすればよいのか。
英国内閣官房陣は日夜対策の為に顔を突き合わせている。

この戦役の責任者であるレスター伯ウィリアムは会議室の壁にまで張り巡らされた資料の山の中で唸っている。

「アントワープ商人に調査させた金の流れ、渋るポルトガルから譲り受けた世界地図の一部……スペインを仕留めるのは今しかない」

ヨーロッパ大陸を支配する為に国力の全てを傾けてきた大英帝国には新大陸、東回り航路の情報がほとんどなかった。

「霧の中を想像する力こそが世界の果てにあるものを私の脳裏に刻み付けるのだ」

ヴェネチア商人仕込みの情報解析力でレスター伯はスペインが植民政府に権限を譲り渡した事を察知。
アジアへ植民の手を伸ばしつつあるスペイン帝国を屈服させるのは今しかないと訴えたのである。
神聖ローマ帝国皇帝も普段とは違う大英帝国の強引なやり口に抗議したがイギリスは意に解さなかった。

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もはや引けぬところまで国力を傾けているのである。
ここで失敗すれば未だ大英帝国の手の届かぬ新大陸でスペインは息を吹き返すだろう。
西暦1607年、レスター伯はステファン・ベレスフォード元帥に封鎖続行を命じた後にヨーロッパ大陸を後にした。

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ウィリアム・ダドリーが辿りついたのはコンゴ族が住まう地の傍にあるスペイン臨時首都ルアンダだった。

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「貴公は……正気なのか?」

レスター伯が謁見を求めた相手、スペイン帝国皇帝フェリペ3世は絶句した。

「けして冗談ではございません。貴方はランカスターの夢……野望と言い換えても構いませんがどう思われますか?」
「世界全土を英国の元に統治するという余迷いごとのことか。近年の英国人の間に余る慢心を見るだに、神がそのような支配を求めておられるとは到底考えられぬ」
「仰るとおり。ただ武力で支配し、富を収奪する帝国に未来はございません」

英国一の忠臣と呼ばれる家の長であり、女王の夫である男が揺らいでいるというのか。
そこに講和の付け入る隙があるのではないか。
そんなことを考えていたフェリペ3世に釘を刺すように皇配は続ける。

「大英帝国は武力ではなく、民族、人種、言葉を越えたキリストの教えを紐帯とすることで神を迎え入れる千年王国を築きたいのです」

他の者が言ったのであれば詭弁であると誰も信じなかっただろう。
かつて教皇に「真の信仰の擁護者」とまで言われたレスター伯の子孫であることが彼の発言に重みを与えていた。
実際、気弱だが信心の厚いフェリペ3世はランカスターの夢に魅入られ始めていたのである。

「しかしランカスターの夢に欠けていて、貴国が持っているものが多くあります。異国の地に熱心に布教を行う宣教師、言葉も通じぬ新大陸の異人を支配する技術、そして英国と共にあって英国の暴走を監視しえるだけのヴィルトゥ(力量)はフェリペ3世とその子孫を置いて他にございません」
「スペインを属国とする為に自らの娘を差し出し、植民地政府の権限を全て譲り、更なる植民と貿易の妨害もせぬと」
「属国という形は取りますがポルトガル公と同様、公爵領として親族となっていただきます。このイベリアの2国はキリスト帝国が退廃に沈んだ時には英国に変わって神の国を実現していただきたい」

レスター伯ウィリアムは知っていた。
目の前の皇帝が徹底抗戦の素振りを見せつつも、住み慣れたイベリアの地を離れることに迷いを見せている事を。

後世の人間から見れば一代目レスター伯のオリバーが我らのドミニを信奉していなかったようにウィリアムの述べる神の国が詭弁であることを見抜いていただろう。
彼の一族が真に信じるのはランカスター王という名の現人神のみなのである。

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目の前に甘いデザートを見せ付けられて揺らがぬほどの意志をフェリペ3世は持っていなかった。
1年間細部の交渉を詰め、1608年にスペインはイギリス帝国の属国となることを了承。
その講和内容は以下の通りである。

一、スペインを英国の公爵領とする。
一、スペイン公国に対し英国はスペイン戦役開始前の領土を返還する。
一、スペイン公国の植民権限を保障。同時にスペイン植民地に関しては英国の支配が及ばぬことを保障する。
一、年内に英国王室とスペイン公爵家との婚姻を取り計らう。

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スペインという中心を失ったことで反イギリス派のスペイン王族は新大陸の植民地に逃亡。

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北新大陸ではカナダ、アメリカが独立を宣言。
同時に南新大陸ではアルゼンチンが誕生した。

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ようやくイベリア半島を支配下に収めた英国はついに西部前線を新大陸に押し上げる。

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情報を駆使し、ヴェネチア商船に乗り込んで鍛えた感覚を生かしてレスター伯ウィリアムはスペインを見事に仕留めたのである。

ジェームズ1世が退廃を危惧して導入したベネチア留学生制度における初回留学生ウィリアムはその意図をほぼ正確に読み取っていた。
腐敗すれば牙を向くであろうイベリア国家を内包したことにより、英国は緊張感を取り戻すことに成功した。

~ グレゴリー・ベレズスキー著 「スペイン戦記」より抜粋 ~

証明

彼と初めて出会ったのはヨーク公の嫡子、あの生意気なヘンリーが誕生した事を祝う席でのことだった。
酒を嗜む大人達のパーティーに飽いていた私の耳に聞きなれぬ笛の音が響いた。
かつて代々の英国王族が住んでいたウィンザー城の中庭から響く音に誘われて、辿りついた先に彼はいたのだ。

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小太りの少年は左手を胸に宛て跪く。
私は反射的に彼に手を差し伸べ、甲に口付けをさせた。

「貴方はどなた?」
「私はレスター伯嫡男、ウィリアム・ダドリーと申します」

ああ、彼がイングランドの盾の末裔なのか。
噂には聞いていたが伝説の中の勇敢な騎士と目の前の締まりの無い肉体の少年が結びつかずがっかりしたのを覚えている。

……その少年に再会したのはそれから10年後の事だった。
日に焼けた精悍な体付きの男に変貌を遂げた彼――レスター伯ウィリアム・ダドリーは私の婚約者となっていた。

私の運命を変えた父の死、その後の偉大なる帝国の統治は彼無くして乗り越えられなかっただろう。
彼が無知で無力な英国女王マリー2世に神が与えた贈り物だと確信を覚えた出来事がある。

「初めて会った時のことを覚えていますか?」

もちろんランカスターに伝わる王家のグラスで杯を交わしたことはよく覚えていますとも。愛しき我が女王。

「私は義務である宴会に飽きて城を探索していた時、茶色い犬を追いかけていたら、紅白豊かな薔薇の庭で貴方を見つけたのです」
「ああ……なんということでしょう」

神が選んだ正統なる王の前に現れるという使者の存在。
ランカスターの御伽噺が伝える伝説は本当だったのだ。
デウスは至らぬ女王に民が苦しまぬよう、最愛の半身を選び与えたもうた。

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1612年を私は忘れない。
アメリカ連邦、カナダを牽制する為にモホーク族の長を王として承認し、軍事支援を決定した2週間後の事でした。

私が王である為に必要な神の使い。
……掛け替えのない半身は永遠に失われたのです。

~ マリー2世ランカスター回顧録より ~

I have a dream…

もはや帝国の戦いの舞台は新大陸に続いてアジア全域へと拡大しようとしていた。

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大英帝国はモホーク族に対する支援表明の翌年、早晩衝突するであろうティムール帝国を抑える為に清国、マールワ王国に対しても金銭援助を行うことを決定する。
この決定は半身を失った衝撃から脱出できていない女王に代わり、ヨーク公ヘンリーが中心となってなされたものであった。
マリー2世の治世の後年は次期英国王となる8歳年下の従兄弟ヨーク公ヘンリーがよく支えた。

「私には夢があるの」

女王は夢の中を彷徨うように呟く。

「イギリスが神の恩恵を世界中の人に届けて、戦のない、悲しみのない神の国を実現する……そんな夢」

マリー2世がランカスターの持病、シャルル6世から遺伝し、ヘンリー6世が患ったと言われている精神錯乱に陥っていることは明白だった。

ヘンリー6世の時代と違い、国務長官制度により君主がいなくとも政治が回るシステムとそれを管理するヨーク公の存在が英国君主の病を覆い隠した。

閣僚は女王の死を願い、男の王を求め始めた。
ヨーク公ヘンリーも同様だったが従姉弟であり親愛する女王に長く生きてほしいという想いが彼を苛んでいた。

女王の描く夢は女王自身によって阻まれていた。
彼女は自分が存在する限り、神聖ローマ帝国皇帝冠は英国の手に戻らないというジレンマを抱えていたのである。
マリーは意識の確かな時、自らの死を望んだ。
しかし教会の教えは彼女に自死を許していなかった。

~ 宮廷歴史家 アンドリュー・ギボン著「マリー2世治世録」 ~

Deus vult

あの生涯忘れられない出来事は燦燦と照りつける陽光が眩しい夏、1621年のことだった。
私は葡萄酒を女王お気に入りのグラスに注ぎ、震える手を押さえつけながら給仕する。

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女王はグラスに視線を落とした時、一瞬動きを止める。
―ばれたのか。
ひやりとする私を尻目に女王は微笑んだ。

「ありがとう」

女王は私に微笑みかけてそう言った。
そしてグラスを傾けて一気に神の血を飲み干した。
私は逃げた。ひたすらに逃げた。

後日、女王は突然の病に倒れ急死したと発表される。

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何故…!何故なの……!?

…許しも告解も求めません。
神よ、どうか貴方の選んだ王を害した罪人を罰してください。
神よ、世界を遍く照らす慈悲深さでどうしようもなく弱く、優しい女王の罪を見逃してください。
神よ、神よ、神よ……迷える子羊達にどうか救いをもたらしてください……。

~ 名も無き女の述懐 ~

マリー2世の回顧録

この項目は封印指定を受けている。

~ マリー2世・ランカスター回顧録 最終項目 ~

 

第六話 ~ランカスターの夢~ 完

次回 第七話 ~双頭の鷲の旗を掲げて~ に続く。

第七話 ~終わりの始まり、そして~

詳しい解説はハートマン軍曹白熱教室 世界征服編第7回にて


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Last-modified: 2014-04-18 (金) 23:46:01