ロシアの残光

遠い昔、ユーラシア大陸に無数の国家が誕生した。
 
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そのうち3つの海洋国家が強い輝きを放った。利益至上主義の者たちである。
 
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2つが陸軍大国として君臨していた。近隣民族を征服した者たちだ。
 
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それらと交わろうとしない国家も存在した。強き者の降臨を待ち侘びる者だ。
 
彼らは治める力と意思を示しあい、自らを覇者と名乗り競り合った。
 
だがそれは罠だった...。
さらに一つの強力な国家が存在したのだ。
 
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極寒の国、ユーラシアの僻地からシベリアの覇者Russiaは、ユーラシア全土を支配する力をひそかに蓄えていた。
 
生きとし生けるものを支配せずにはおかないRussiaの残酷で邪悪な意思が、ついに解き放たれたのである。
 
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ひとつ...またひとつと、ユーラシアの自由な大地はRussiaの力に飲み込まれていった。
 
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だが、それに抵抗する者も出た。OttomansとMingの連合軍は、Russia軍の侵攻に反撃。
 
クリミア山脈の裾野で、ユーラシアの自由を賭けた戦いが始まったのだ。
 
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勝利は目前かに思われた...。
 
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しかし、Russia軍の力は圧倒的であり、膨大な力をすべて解き放った時
連合軍の望みは消え失せ、Yedishkulの地に眠ることになった。
 
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こうして、ユーラシアの自由の民の敵、Russiaは勝利を収めたのであった...。
 
 

世界は闇に包まれようとしていた

開戦3年ほど前になってもう一度Great Britainに外交を送ってみたところ
どうやら本当に寝返るつもりのようだ。

疑って申し訳ない...。

同盟を組んでから2年間はルール上動けないので、Ottomansが同盟をGreat Britainに送った...が拒否される。

Ottomans「Great Britainさん、なんで同盟を拒否したのです?」

ただのミスかと思い、Mingも手が滑っただけだろうと言っていたが
今度はRussiaとGreat Britainが同盟を組んだPOPが表示されることになる。

 Ottomans 「え...ちょ...どういう事です、Great Britainさん?」
Great Britain「そういう事だよ。」
    Ming   「え"ぇ...。」

唯でさえ勝機が薄らぎつつあるRussiaとの戦いが不利に傾ききり
焦りの色を隠せないでいるOttomansとMing。

 Ottomans 「いや、Great Britainさんがそうする可能性があると分かりながら放置してた私も私なんですけどね」
    Ming   「一体これどうするんです?」
Great Britain「私は負ける戦争はしないからね」

恐らくは高らかに投了を言い渡して忽然と姿を消したい気持ちで満たされていたに違いないが
Ottomansは男らしくも「どうせなら戦って死にたい」と言い、最後の戦いを挑んできた。

Mingもこれに同調し、Ottomansと添い遂げる覚悟のようだ。

第三次露土戦争

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参戦国
OttomansRussia
MingAustria
Great Britain

Russiaの力に抗う者たちを紹介しよう。

かつて、我が国を従えていたOttomans。

兵生産地域のバルカン北部を失いその国力はなかなかに低下し
以前放っていた栄光という輝きはすっかりくすんで見えてしまっている。

それに義理堅くも最後まで運命を共にすると決意したMing。

Spainとの同盟が戦略的価値が無くなったにも拘らず維持し続け
脱落を傍らで看取った、今回のマルチで一番の人格者だ。

対するRussiaはAustriaとGreat Britainのみならず
予め同盟を構築しておいたNetherland/France/Spain/Denmark/Napleを味方に引き込み
自身は2000連隊の軍勢を率いてこれを迎え撃つ。

Russia「悪いね、バランサー職は前回のFranceで廃業したのだよ。」

決戦の地

OttomansはConquest CBでRussiaに宣戦
Russiaと既に組んでいたAI国家がすべて参戦した。

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Conquestの指定先は中央アジアのKyzylkumという場所だ。

Ottomans「前回はAustriaさんが居たからやり辛かった」
        「ここならRussiaを2人で潰せるうえにこちらの撤退先が近くてやりやすい」

てっきりシベリアかと思っていたRussiaは、この場所で逆に助かったくらいだった。

以前にも触れたようにConquest CBは重大な弱点をはらんでいる。

【CBプロビ占領中】CBプロビ占領期間+他の占領点±戦闘勝利点±封鎖点=戦勝点

Conquest CBの特徴を説明すると、指定したプロビ(以下、CBプロビ)を占領し続ける事で戦勝点が溜まり
そこを占領し返されない限りは時間経過で戦勝点が加算されていく。

その間、自領がいくら占領されようが戦勝点には何の影響もないが
戦闘勝利点や封鎖は別途計算で換算されているので
CBプロビ周辺に全軍を置いておくだけで負けることはない代物だ。

ここだけを聞けば素晴らしいと思えるかもしれないが、逆にそれが足かせとなる場合もある。

【CBプロビ占領解除後】±他の占領点±戦闘勝利点±封鎖点=戦勝点

戦力的に不安がある場合、CBプロビから身動き取れなくなり
領土を好き放題敵に占領されたりする。

さんざん揉みくちゃにして国力を削いだ後、一気にCBプロビへ押しかけて占領し返せば
今まで換算されていなかった他のプロビ占領点が一気にドバっと溢れ出る事になる。

そんなことは織り込み済みだろうし
敢えてここ(もしかすると、Great Britainに渡した偽情報に踊らされた?)で
しかもRussiaだけ誘うかのような発言からするに
これはOttomansとMingからの挑戦状であるとRussiaは受け取った。

Russia「自身に手袋を投げられて、子分に果し合いをさせる事は断じてありえん。」

見送り

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CBプロビを占領されていても後から取り返せばいいと思っていたRussiaは
Austriaに360k程軍を預けてそのサポートに当たった。

バルカン半島は沿岸プロビが多いので、制海権を取れてるだけでポンポン落ちて助かる。

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小アジア東部では、Ottomans軍が展開し
恐らくはRussia軍に分散を強いらせようという腹積もりに思えた。

隔離されたクリミア半島では歩55砲25kの軍団3つを使って塗り替えを行っていく。

目立った動きを見せないRussiaに対してMingが「Russiaさん、なんで動かないんです?」と言ってきたが
「まだ時間はたっぷりありますからね、ゆっくり行きましょう」と余裕を見せておいた。

こういう場合は焦ったら負けだ。

実はこの時背後では尚も兵生産が続いており、総合計が2500連隊に迫りつつあった。

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一方でAustriaはRussiaの思惑通りの働きを見せ
バルカン半島の制圧を2年足らずで遂行し、小アジアへ侵攻を開始した。

Great Britainも僻地の沿岸プロビを占領したり
数的余裕のないAustriaを海上からサポートし続け、Ottomansの心理的余裕を削り続けた。

仲間でよかった海軍国家。

殲滅戦

Austriaが古都Ankaraを突破したのを見計らい、Russiaも決戦の地へと軍を動かし始めた。

中央アジアに敵が集まるという事はAustriaの占領も捗る事に繋がるのだ。

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この時の配置図はこんな感じ。

Austria側に追加派遣した軍を合わせた600kが放置されてはいたものの
少なく見えるのは単に筆者の撮影能力が低くて、移動中の軍が映っていないのが原因なのでお許し願いたい。

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全体の到着を待っていたら後詰が消耗し始めて嫌になったので前衛部隊だけで戦闘を開始。

相手も前回の戦争で学んだようで、必死にローテーションをし抵抗を続ける。

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続々到着する援軍を敵の護衛軍にぶつけてすべて撃退
完璧な包囲陣を披露して見せた。

ここで敗北すれば今まで稼いだ戦勝点が無駄になるので相手も必死の抵抗を見せる。

しかし、増援が突っ込んでくる→強行軍で現地に増援→撃退を繰り返して弾き続ける。

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突破する事もかなわず遂に敗北、同地域の占領は解かれてしまった。

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援軍の為に突破を図ろうとしていた周囲の戦闘も決着が付き、前線は崩壊を始めた。

この瞬間、戦勝点はマイナスからプラス51点にぶっち切り、OttomansとMingの勝利は遠のいた。

時既に遅し

小アジア東部には依然として部隊がにらみ合いを続けており
どちらが相手を釘付けにしているのかちょっとよくわからない状態であった。

Kyzylkumの敗北を受けて前線の兵士が足らないと感じたMingは
未だ動かずにいるOttomans軍を動かしてほしいと願い出た。

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一度傾いた戦況を立て直すのは容易ではない。

撤退先でMoralゼロの状態で全滅を時を待っていたOttomans軍が駆けつけた増援により
間一髪のところで助られるも、圧倒的数の差を前に防戦一方であった。

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小アジアでは前面の敵が消えたことを確認し、AustriaとRussia軍が次々占領を始めていた。

この頃、Ming本国ではまたも反乱が相次ぎ本土の2~3割がソマリアカラーに染まり
Ottomansも中東地域にまで占領の手が及んだことでManpowerが枯渇し掛けていた。(っていうかしてた?

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後が無いOttomansとMingはほぼ全軍に当たる量を中央アジアに集めて同地域のRussia軍にぶつける。

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軍量で勝るRussiaは自領に軍を撤退させてまた前線に戻すのローテーションを行い続けてMoral勝ちし
続く追撃戦で主力を潰した事を受け、OttomansとMingの戦力は尽き果てた。

燃え尽きたOttomansとMingは「もう終わりにしよう...。」と言い
終了年度待たずして打ち切る願いを出した。

未だにManpowerが800k以上あったRussiaは「ちょっと待って!!」と言い
前線の部隊がプロビをまたぐ度にAssultしてはまた次へ...を繰り返し、Manpowerを使い切っておいた。

この時の操作が今でも筆者を蝕み、その後のEu4ライフに悪影響を及ぼした事など誰も知る由もない。

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そして、終戦へ...。

1819年10月16日、遂にOttomansとMingを屈服させ、勝利の栄冠を手にした。

それは、この地でRussiaに抗う勢力が消滅した事を意味する。

反省会

今回のRussiaはOttomansの陰に隠れていたからこそ、ここまで力を隠匿出来たと思っている。

もしこの力が早い段階で明らかになっていたら、それこそSpain戦の時に行使されていたら
恐らく世界情勢は大きく異なっていたことは疑いの余地もない。

Ottomansといつから戦う気になっていたかというと
以前も触れたがこんな会話がマルチ初日になされていた。

Ottomans「私はRussiaと組んでMingを倒すか、Mingと組んでRussiaを倒すか悩んでいます」
        「よく考えた上でお返事を下さい。」
  Russia 「つまり、それを断ればRussiaは滅ぼされると。」
Ottomans「そういうことになります」

「Fuck me!!!」なんて言う度胸のないRussiaは
結局OttomansとMingを叩き潰す方を取り、その日以来Ottomansの下僕となったのである。

同時に、Mingや他の国を倒した後にどうするかというRussiaの問いかけに
Ottomansは「敵が居なくなったら、OttomansとRussiaで最終決戦をしましょう」という話になっていた。

それはOttomansがVeniceに攻め込む時にRussiaの主従関係を解消する形で実現したけど
恐らくここでそういう展開になっていなかったら戦わずにエンドロールが流れてたかもしれない。

事実、Spainを助けようとした時にふと赤にクロワッサンの国旗が脳裏を過ぎったし
AustriaからVenice防衛戦に加わるよう求められた時もかなり迷っていたのだ。

何はともあれ、第一次~第三次露土戦争を通してローテーションと包囲の強さを知らしめる事が出来てよかった。

他にも「最後になると資金が幾らあっても無駄」という意見に対するアンチテーゼになったんじゃないかと思う。

説明力が乏しい当AARでは全く伝わらなかったかもしれないけれど
ローテーションも重要だが、ローテーションを妨害するだけの連隊数を限界突破してでも作成し
それを支える資金力もまた大切なのだ。

現に、RussiaはLimitを1500連隊近く突破して月間収入マイナス200程食らっていたが
5000連隊作って24年間戦い続けれるだけの資金をプールしていた。

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OttomansとMingを倒すのに5000連隊もいらないだろというツッコミもあるかもしれないが
要塞網からにじみ出ている通り、国力が露呈したら世界と戦うことになると考えており
OttomansとMingばかりか、Austriaとの国境線と上陸を想定した沿岸沿いにも防衛線を張り巡らしていたのだ。

Russia「今回はRussiaでボンバーしてみたけど、皆もやってみてね!」

            【全盛期のRussia伝説】

・常備軍2000連隊は当たり前、5000連隊に達する可能性も
・指揮官を付けずに常勝を誇れるのはRussiaくらい
・手持無沙汰になったらAssult開始
・敵領に踏み入れた瞬間Assultし出すことも
・Russiaが担当した戦線は1年以内に塗り替えられる
・付いたあだ名は「Russalt先輩」
・国境を接した国は要塞にMil Pointつぎ込むのがばからしくて建てずに居る国が多い
・諦めを通り越してLv2要塞からLv1に落とした国も
・昔はOttomansの下僕に甘んじていた
・やめた理由は陸軍を置くプロビが欲しくなったから
・陸軍を作り過ぎて平時に消耗し出すのはRussiaくらい
・Russiaが参戦しただけで参戦国表の軍量表示がはみ出す
・軍が多すぎて操作が追い付かず、戦場面の前後面が歩兵だけ埋め尽くされた事はあまりにも有名
・実はHeavy Shipを200隻保有したことがあった
・いなくなった原因はGreat Britainに全滅させられたから
・でも反動で陸軍が1000連隊程増設された
・国境線にLv5要塞を築いても国防に不安を覚えたRussiaは、Cherdynに首都を移した
・いつしかその事実を皆が忘れ、亡国の危機に至って敵味方に打撃を与える最強の首都に変貌した

エピローグ

 
1777年、OttomansとMingの覇権争いは意外な形で終結を迎えることとなった。
 
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Russia帝国の誕生。
 
それに続く、赤軍の出現である。
 
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朝取れフレッシュ野菜の如く地表から溢れ出てくるその存在は、我々の世界にありえない生物である。
 
彼らの出現したその年は、世界の人口が前年比の4倍にまで増加し
後にEmergency Yearと呼ばれることになる。
 
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他国は幾度にも渡り交信を図るも、返される信号は「RED」であった。
 
ただ、殺戮し破壊する、人類の天敵。
 
それが何であるかを理解する前に、そして列国同士の戦いの決着を見る前に、まず自身の生存のため、赤軍と戦うことを余儀なくされた。
 
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1821年...。
 
1777年から続く赤軍との戦いは、ユーラシアでの列国の後退という形で、続いていた。
 
焦土作戦を採用し、自らの街を焼きながら後退するユーラシア連合軍は、ついに海岸線に追いつめられた。
 
同年4月 仁川防衛線。
 
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ユーラシア大陸陥落。
 
ユーラシア連合は4千万の死者を残してユーラシアから消滅した。
残る抵抗勢力は、南北アメリカ大陸とアフリカ南部、そして日本のみとなる。
 
 
それから、50年。
戦いは、まだ続いている...。
 
 
 
【バッドエンド ロシアルート】
 
―Fin―
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

おまけ

――薄明りの中、電鈴が鳴り一人の男が受話器を手にする。

    ???  「これはこれは...。」
         「――――、――?」
    ???  「えぇ、計画は順調です。」
         「―――――。」
    ???  「おっしゃる通りです、奴はこれまで好き放題やってきましたからね。」
         「――――?――――、―――――――。」
    ???  「第七回マルチは4/20に予定しています。」
         「――――――。」
    ???  「はい、もちろん準備はぬかりはありません。」
         「―――――――。――――――――?」
    ???  「今回は12名以上が参加する予定です。」
         「―――――。―――――――。」
    ???  「次回こそ、奴に我々の力を見せつけやりましょう。それでは、また近々...。」
Ottomans「Gos ra閣下」

後味の悪い効果音と共に画面が暗転する。

ロシアの残光


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Last-modified: 2014-04-17 (木) 22:47:24