中間職(ミッドランド)はつらいよ

情勢確認

シングルとマルチで大きく異なるのは、拡張領域の制限であり
拡張に於ける利害対立が起きにくいOttomansやMing、Russiaとは対照的に
AustriaやFrance、Poland等は常に周囲との関係に気を払う必要性が出てくる。

拡張に伴う利権交渉の場に於いて、多くの場合は「歴史的裏付け」や「ロマン」などでお互いに一手を打ち出し
その後はマルチ特有の独自交渉による利権調整で、決裂か合意かに進んでいくのがごく一般的なケースなのだと思う。

...だが、今回のマルチは少し様子が違った。

初参加のメンバーが大多数を占める今回のマルチに於いて、そんな古臭い常識など通用する訳が無く
Mingが対Muscovy包囲網を呼びかけたり、BrugundyがFranceと同盟関係になったりで
まさに「利」をベースとした外交展開がそこかしこで見受けられた。

今まで某古参プレイヤーと隣国プレイに勤しみ、気が付いたら利害調整が終わってるといった
所謂ヌルゲーに甘んじてきた筆者にとっては新風であった。

筆者はこれまでまともな自主外交をした事が無く
数度に渡って参加してきたマルチの経験()位しか自己防衛手段を持ち合わせていない。

それが如何ほどの価値があろうか?

Poland「敢えて言おう、カs――――(以下略)」

劣化版おフランスの寝起き

Polandという国は、全国家中質で第3位・陸軍力で第7位のポジションにあると考えている。

無論、シングルでは利権関係無く拡張出来るので
上で挙げた順位は飽く迄マルチでの位置付けであり、その他プレイではまったく参考にならない指標である。

ともあれ、拡張の幅によっては陸軍力の順位は上下するし
必要最低限の拡張しか好まない筆者は、下がる事はあっても上がる事はまずないと言える。

あるとすればどこか滅んだ時位か。

何故Polandを劣化版Franceと例えるかというと、PolandはFranceやRussiaよりは劣るものの
なかなかの人的資源を有する国であり、質もまたFranceより少し劣る程度なのだ。

Franceよりも圧倒的に劣る点を挙げるならば

1.東西南(北も?)に大国を抱えていつ圧死するか分からない。開始100年程度でRussiaのClaimが大量発生。
2.収入が欧州国家で最低クラス。商人が飾り。
3.周辺にAI国家が少ないのでTraditionとPrestigeが溜まらない。

「ひょっとしてFranceと比べるまでもなく弱くね?」

そう感じた貴方はある意味正しい、というか正論である。

筆者もそう感じた時期があったが、必死で「強い!強い!!」と自分を奮い立たせているので
間違ってもコメント欄やチャットなどで指摘はせずに、無言で見守っておいて頂きたい。

ちょっとどうかと思う

開始前に、Mingより対Muscovy包囲網への加盟を求められた。

西洋化前の中華兵は東欧のそれにすら遥かに劣り、接触した瞬間「こんにちは死ね」されるのを恐れての事だろう。

参加するかはさておき、PolandはOttomansを誘う事だけはやめてくれと
もっともらしい理由を並べて申し述べておいた。

理由は、もしOttomansがMusocovy包囲網に加盟して本気で潰しに掛かろうとしていた場合
Polandが包囲網に反対すれば仮想敵国入りされ、順に潰されると考えたからだ。
(開始50年程度の間、OttomansはMuscovyの事が見えない)

その後、急に静かになったと思いきや今度は「PolandとOttomansは仲良く出来そうですか?」と聞かれ
人の意見をまったく聞いていないじゃん...と呆れもした。

更にその数時間後、今度はOttomans=Ming=Polandで会議を作成し
対Muscovy包囲網に付いて話し合いたいと言われ、どうも勝手に参加しているという認識で片付けられてしまっているように思えた。

Poland「ちょっと急進的過ぎやしないか...。」

ヘタレ

3ヵ国会議が始まり、さっそく対Muscovy条文について話し合おうという流れになったが
包囲網の最終目標が明確に鳴らないまま、その末席として勝手に数えられているPolandは聊か憤りを感じたため
「一つ確認をさせて頂きたいのですが、包囲網のゴールは一体何でしょう?」と発言し、意図を聞きただした。

どう見てもMuscovyを初見殺しにかかっているように見えるこの包囲網は、異様な雰囲気に包まれていた。

目的は何かという問いに対し、Mingは未来の安全保障を目的とした「Muscovyのシベリア独占の抑制」と語り
続けてOttomansは「直轄領の剥奪を含めたMuscovyの弱体化」の必要性について触れた。

Poland「あ、これはアカンやつや」

そう直感的に感じたPolandは、すぐさま2ヵ国に1:1チャットを送り
何故ゲーム開始以前からMusocvyを追い詰めるような行為をするかについて問い合わせた。

Muscovyからは、あいさつ回りの段階でLithuania領の正教プロビが欲しいと声を掛けられていて
てっきり他の2ヵ国も同様の領土要求があったかと思いきや
両者共からは「PolandさんのMuscovy AARがヤバ過ぎて芽が出る前に弱らせておきたい」という回答が返ってきた。

確かに前のMuscovy(Russia)はOttomansとMingを相手にして尋常じゃない立ち回りを見せたが
あれはかなりの長い年月を費やした戦略と某古参マルチプレイヤーとの癒着(?)によるところが大きいわけで
極めて特異な例で有る事は間違いないのだが...。

自分のAARのせいで1プレイヤーの安寧が失われるというのも寝起きが悪いと感じ
最後の望みをかけてOttomansには「新たな敵(Ming)の台頭を許すわけにはいかない」と
Mingには「やり過ぎだ」と伝え、要求文章の緩和や包囲網の撤回を促したが聞き入れては貰えなかった。

そこにDenmarkが加わることが伝えられ、対Muscovy包囲網に反対して救出を試みようとした所で
西のHRE2ヵ国を巻き込んだPoland分割案が提出される未来が見えてしまったので
結局のところこの包囲網に賛成し、その片翼を担う事になってしまった。

Poland「なんてこった。」

Muscovyには「"いつか"包囲網解除の為に行動を起こすので、しばらく耐えて欲しい」と伝えたが
それには大衆を味方に付ける必要がある事は言うに及ばない。

条約ラッシュ

開幕早々、全体ログは各国の条約や宣言により遥か上空へと吹き飛んで行った。

【ロシアに対する要求】
1.1444年11月11日時点でRyazan,Golden Horde,Nogai,Uzbekが領有しているプロヴィンスを
  モスクワ及びロシアが領有することは1544年11月11日まで禁止する
2. 1444年11月11日時点でNovgorodが領有しているプロヴィンスをモスクワ及びロシアが領有することは
  Arkhangelsk,Kholmongory,Kargopol,Novgorod,Kholm,Torzhokの6州を除き1544年11月11日まで禁止する
3. 1及び2の条項においてモスクワ及びロシアによる領有を禁止したプロヴィンスは
  モスクワ及びロシアの属国による領有も1544年11月11日まで禁止する
4.一つ目及び二つ目のアイデアにExplorationまたはExpansionを採用することを禁止する
【三国協定】
1 イギリス・デンマークはスペイン包囲網から抜ける。
2 フランスの対西戦争に加担しない。
≪新大陸関連≫
3 イギリスは、カナダ、13植民地に独占的に植民できる。
4 スペインは、メキシコ、カリブ、南米全域に独占的に植民できる。。
5 境界がわからなくて越境した場合、すぐに抗議に応じそのプロビンスを譲渡するか放棄する。
≪アフリカ関連≫
6 上記以外は植民自由領域とする。
【Holy Roman Empire憲章】
・HRE所属国家プレイヤーは、以外の国より攻撃を受けた場合に共同防衛の義務を課す。
・外部への同盟参戦については適用外とする。
・HRE所属国家プレイヤーは、HRE内のプレイヤー国家への攻撃をしてはならない。
・外部からの同盟参戦についても適用される。
・尚、期間は1500年までとし、その後50年毎に更新・改定するか否かを関係各国で話し合うものとする。

Polandが関わったのは1番目と3番目である。

【ロシアに対する要求】については、後になって物議を齎したが今は触れないでおく。

【三国協定】はイギリスとスペインの確執を開幕で拭えた画期的な条約に思えたが
この条約の存在にPolandは気づいておらず、後年になってある勘違いを引き起こすことになってしまった。

【Holy Roman Empire憲章】は、西にも東にも...っていうかどこにも拡張する気が無く
終了までぼーっと解体を待つかどこかの戦争に付随するつもりでしかいなかった暇人Polandによって持ちかけられたものだ。

その時のHRE2ヵ国の外交状態は大体こんな感じ。
・対France包囲網を自身の手で消滅させ拡張方向を求めているBrugundyとAustriaとBrundenburg両国がドイツ利権で対立。
・Hansaを巡ってDenmarkと対立。分割案を提示しても全土要求されて交渉が難航。
・イタリアを巡ってFranceと対立。
・潜在的な脅威のOttomansとバルカン半島を利確させ、1544年までの不可侵条約が結ばれるが、その後は不明。

初期HRE2ヵ国はAustriaは兎も角、Brundenburgは3プロビ国家で自主外交すら危うい状態にあった。

毎度言ってる気がするが、ドイツ地域の国家はどこに伸びても利権対立しか待っていないので外交的難易度が高すぎる気がする。

伝統的に弱い方の味方な外交ポジションにある筆者は、もちろんHRE側に加担する事を決め
開始までに3ヵ国で外交戦での窮地打開を目的とした連合を立ち上げた。

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開始時点での外交関係は雑だけどこんな感じ。

Poland「HREの敵多過ぎぃ!」

プレイヤーの意思不在

開幕早々、隣国から悲鳴が挙がった。

Austira「Hungryがオレの事ライバル指定してきて婚姻結べない...。」

Austriaプレイでほぼ必須と言えるHungry同君化であるが、ゲーム開始時点でHungyryがAustriaをライバル指定して
婚姻が結べず(お金とか関係を上げれば結べる)早くも同君連合化に暗雲が立ち込めていたのだ。

開始から10年ちょっとは同君化イベントorCBが発生するので
それを待てばいいじゃんという雰囲気がVCで漂ったが、実は婚姻を結ばない事にはどちらも発生しないので割とピンチであった。

その後も関係は改善しきれずダラダラと時間が流れて行ってしまい
AustriaはHungryの同君化を成し遂げられず終いであった。

Poland「リロード出来ないからマルチは怖い。」

プレゼント

Lithuaniaを同君化するイベントより早くTeutonic Orderに攻め込み
NeumarkをBrundenburgにコア返還でプレゼントして、自身は属国化の布石としてDanzigとKurlandを割譲させた。

Tutonic Order属国化ミッションは
Danzig+Base Tax3以上のプロビを割譲させれば発生するので、もう一度殴ることになるだろう。

Charrrrrrrrrrge!

事あるごとに嘆き散らすことで有名なBrugundyプレイヤーは、今回も開始早々悲鳴を上げた。

Brugundy「俺の突撃公が開幕1年で死んだんだが...。」

前回のマルチでは数ヵ月でぽっくり逝った訳だし、少しは前進したんじゃなかろうか。

開幕早々、執政期間になってしまったBrugundyは
FranceのProvence戦やCastileのAragon戦に同盟参戦したりして伝統を溜めつつ暇を潰していた。

北欧危機

1.5.1パッチからだったか、Swedenが独立戦争を仕掛け易くなり
それが今マルチでもプレイヤーが入っているDenmarkに対して火を噴いた。

フォグの影響で実際のSSは無いが、Denmarkが緒戦で押されてしまい
暇を持て余していたBrugundyが「え、戦える?伝統増えんじゃん、ヤッタ!」とか言いながら同盟参戦をした。

初期陸軍でFranceといい勝負が出来るBrugundyの参戦を前に
さすがのSweden軍も総崩れし、Denmarkに再度忠誠を誓う羽目になった。

DenmarkはBrugundyに大きな借りを作ったように見えた。

露土紛争

Tutonic OrderとLivonia Orderとの和平が切れ、前者の属国化ミッションのフラグ達成を目指して宣戦布告した頃
突如としてOttomansとMuscovyが戦争状態に突入した。

どうやらOttomansがByzantineに宣戦布告し、それを保護していたMuscovyがByzantine側で参戦したようだ。

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自身に向けられた包囲網にVCでは「分かりましたww」と笑いながら応じてはいたが、内心納得してなかった事
そして、Musocovyプレイヤーの目標が正教の保護を謳っていたので、それらを宣戦理由に
Lithuania領を横断してOttomans領へと攻め入ったのだ。

しかし、War LeaderはByzantineであったことからMuscovyのByzantine救出という目的達成は難しく
軍量で勝るOttomansがConstantinopleを包囲しつつ、主力を迎撃に向かわせやすやすとそれを跳ね除けてしまった。

パッパと占領を終えて講和をしてしまったOttomansを前に、Muscovyは落胆した様子で軍を本土に戻し
拡張が一切出来ないという事実を前にして軍をすべて解体したのであった。

その後、保有連隊が0になったMuscovyにKazanが攻め入られ滅亡寸前にまで追い込まれたが
急造した軍で何とか撃退したそうだ。

普通の人間なら悲壮感溢れるこの状況の中で、Muscovyプレイヤーは「wwwwwww」と謎の大爆笑を始め
他のプレイヤーから「Muscovyさん、怖いじゃないですか」とツッコミを入れられていた。

逆境を前にして大笑い決め込むとは、ライフ・イズ・ビューティフルの主人公もビックリである。

Brugundyの咆哮

Muscovyへの処置の厳しさに、遂にあの国が講義を始めた。

Brugundy「対Muscovy包囲網きつ過ぎね?俺なら投げるわ。」

毎度火を起こしては場を荒らすことで定評のあるBrugundyプレイヤーは
さっそく部外の事案に首を突っ込み大々的に抗議を始めた。 いいぞ、もっとやれ。

しかし、それに対してMingやOttomansは黙っておらず反論を始めた。

Ming「序盤の立ち上がりの遅いMingにして、この包囲網は無くてはならない。」
Ottomans「Muscovyは伸び白が凄いですからねぇ」

一歩も引かない2ヵ国に対して尚も抗議を続けるが、今度は黙って会話を見守るPolandに対しても噛み付いてきた。

Brugundy「PolandもPolandだよ。何で包囲網とか参加してるんだ。」

実際問題、PolandとしてはMuscovy包囲網どころか殲滅作戦に移行して
Musucovy領を食い荒らした方が利益的には得なのだが
Brugundyのツッコミは何に対して言っていたのだろうか、今となってもその謎は解けてはいない。

恐らく「弱い者いじめ(初心者)に加わって、恥ずかしくないのか?w」と言いたかったのかもしれないけれど
ここで反論して態度を明らかにするのは不味いので適当に流しておいた。

すると、今度は対Muscovy条文にはMuscovyがこれに違反した場合にどういった処置が行われるかと
賛成国がその処置に加わる義務が無い事を指摘した上で「破っても問題ないよなー(チラッ」と、散々煽ってVCからフェードアウトした。

対するOttomansとMingは「条約には明記されてませんが、やって貰っては困りますね」と遺憾の意を示すに留めた。

【ロシアに対する要求】
1.1444年11月11日時点でRyazan,Golden Horde,Nogai,Uzbekが領有しているプロヴィンスを
  モスクワ及びロシアが領有することは1544年11月11日まで禁止する
2. 1444年11月11日時点でNovgorodが領有しているプロヴィンスをモスクワ及びロシアが領有することは
  Arkhangelsk,Kholmongory,Kargopol,Novgorod,Kholm,Torzhokの6州を除き1544年11月11日まで禁止する
3. 1及び2の条項においてモスクワ及びロシアによる領有を禁止したプロヴィンスは
  モスクワ及びロシアの属国による領有も1544年11月11日まで禁止する
4.一つ目及び二つ目のアイデアにExplorationまたはExpansionを採用することを禁止する

Poland「良くやった...!」

正直、対Muscovy包囲網解除に向けて何ら良策を見いだせていなかったPolandにして
この流れは天の助けにすら思え、さっそくOttomansやHRE二ヵ国、更には言い出しっぺのBrugundyに共同抗議声明を
発表してほしいと打診した...が、事はそう上手くはいかなかった。

Brugundy「やっぱ気が変わった、Muscovyの包囲網解除とか俺に何にも利益無いし、Mingと仲良くした方が得だと思ったからどうでもいい。」
Poland「」

言葉を失った。

数刻前の大々的な煽りはどこへ行った...っていうか、その後に「Mingと仲良くしてある国(France)叩きに行くわ」等と言い出した。

こうして、包囲網解除へ向けた最初の動きは頓挫したのであった。

HREの苦境

現状のHREは、対France牽制国家として機能すべきBrugundyが欠け、むしろHRE領への侵攻を計画している状態にある。

無論、その背後にはFranceがおり、またそのFranceもイタリア利権をめぐってHREと激しく対立している。

さすがに開幕3プロビしかないBrundenburgと、Manpowerが頗る低いAustria2ヵ国だけでは
戦争をチラつかせられて外交戦が不利に傾くのは必至である。

そこで、上にも書いたがPolandは一時的にHREに所属し
序盤の2ヵ国の苦境を少しでも和らげようとHRE憲章なるものを発足した。

序盤のPoland=LithuaniaはFranceと同クラスの国力を有しているのだ。

Poland「これでイーブンだろう。」

そう考えていたが、直ぐに甘い見通しであったと思い知らされる。

Brugundy「僕は!」
France「私は!」
Castile「俺は!」
3ヵ国「西欧憲章を発足し、HRE憲章に対抗しうる勢力として立ち振る舞います!」
Poland「」

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大々的な侵攻体制を整えたFranceとBrugundyは、イタリアのVeniceトレードノードを除く地域をすべてFranceが利権を主張。

ドイツ方面では、南はSchweizから北はBremenまでの広大なプロビ(20~30)の領有権をBrugundyが主張し
更にはDenmarkにHansa領の領有を認めるよう迫ってきた。

Brugundy「Denmarkさんが嘆いていましたよ、Hansaをすべて持っていかれるとね」

Brandenburgに確認した所、Hansaはこの時点で3プロビであり
どちらが2プロビ取るかという話で推移しており、どちらがすべて取るかという話は持ち上がっていなかったそうだ。

更に後日Denmarkに直接聞いたところ、HansaについてBrugundyに同様の話をした覚えがないと言われ
「なんだあいつ...。」という感情がPolandの中で生まれた。

結局のところ、PolandがHREに所属した所でHREの外交的立場は改善されず
むしろ西欧憲章なる組織が生まれて事態を悪化させただけであった。

PolandからBrugundyに対して直接「何故HRE側奥深くへの侵攻を目指すのか?」と聞いたところ
「AustriaはFranceと同クラスだし、Brundenburgはオレ(Brugundy)と国力変わんないでしょ。」等と意味不明な供述を始め
利己的なBrugundyに対する感情が悪化していった。

掛け合い!HRE劇場 第一話 HRE憲章誕生の舞台裏

Brundenburg「さて、新たなHREの仲間を祝して…」

***Polandが、会話のタイトルを"Holy Poland Enpire"に変更しました ***

Brundenburg「ヤバイ乗っ取られるヤバイ」
  Austria  「HPEww」
          「神聖ポーランド帝国皇帝オーストリア」
          「加入だけだとポーランドさんにしかメリットないので!うちにも何か!」
Brundenburg「ウチラにも何か!」
  Poland   「え?(威圧」
Brundenburg「ゴメンナサイ3州でゴメンナサイ」
  Poland   「ポーランドは結構暇なので、戦争のお手伝いしますよw」
Brundenburg「有り難や~~」
  Austria   「ブルゴーニュさんもHREに入ると思う」
Brundenburg「まじでww」
  Poland   「Poland→東方HRE布教国家」
           「Austria→南方HRE布教国家」
           「Brugundy(Netherland)→西方HRE布教国家」
           「Brundenburg→北方HRE布教国家」
           「これで決まりですね」
           「皆でせっせとAustriaにIEを貢ぐゲーム」
  Austria  「ブルゴーニュさん誘わなきゃw」
Brundenburg「世界HRE化計画!」
  Austria  「ローマ帝国が世界を股にかける」
Brundenburg「ロマンだなぁ うっかり改革全部通っちゃいそうだなあ」
  Austria  「そしたら多分リンチされて滅ぶね」

 
 
 

その後、HRE側より寄せられていた加入要請に対し、Brugundyは明確に「No」を突き付けた為
冗談半分で仄めかしていたPolandがバランスの為に加入し
中小国家の3ヵ国のみで封を切ることになった。

今思えば、この分岐点が今生の別れになったのかもしれない。

西欧憲章の発足と共に西欧では戦火の気配が漂い始め
互いに敵視し合った二大連合の衝突は、もはや時間の問題であった。

中間職(ミッドランド)はつらいよ 見送り四振 (1458年-1489年へ続く...。

中間職(ミッドランド)はつらいよ


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Last-modified: 2014-05-19 (月) 18:40:14