AAR/シャヤカ帝国興隆史
前回:第一話 シャヤカ帝国の成立

第二話 大植民時代の幕開け (1550-1600)

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もくじ

シャヤカ帝国の始動

ヨーロッパ諸国の北アメリカ大陸進出(1551-)

 シャヤカ帝国は北アメリカ大陸唯一のヨーロッパ勢力の立ち位置を維持していたが、1551年についにフランスが北アメリカへの入植を開始した。この年を大植民時代の始まりとするのが通説である。このフランスの植民を筆頭に西欧諸国は北アメリカ大陸への入植を一斉に開始し、16世紀末までにはイングランドはニューファンドラント半島に、カスティーリャはラブラドル半島に植民地を確立することとなる。

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ルイジアナの統一(1554)

 1554年ついにシャヤカ帝国はルイジアナ内地の開拓を完了し、1462年から始まったルイジアナ開拓に終止符を打った。同年シャヤカ1世は帝都をカンザスへと移した。シャヤカ1世はカンザスを「約束の地」と称し、ここから北アメリカでのルイジアナ外への拡張政策を模索するようになった。

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シャヤカ=イロコイ戦争(1561-1565)

 ルイジアナの統一以降シャヤカ帝国はヨーロッパ諸国の北アメリカ大陸進出を妨げるため東海岸の空白地帯への植民を始めていた。これを警戒した北アメリカの先住民族であるイロコイ族は1561年に突如としてシャヤカ帝国に宣戦を布告した。両勢力の連隊数はともに20連隊であったが、当初シャヤカ帝国軍はその優れた西欧の軍事技術故に戦争は早期に圧勝して終わると予想していた。しかしイロコイ族の砲兵の当用もあり戦争は長期化した。4年の激戦を経てシャヤカ帝国はイロコイ族に対して優勢に転じたが、国民の厭戦感情も高まり始めていたためイロコイ族と従属関係にあったオセージ族の併合と賠償金の支払いで和平した。この戦争は両国間に不問のうちに相互不干渉の政策をもたらした。

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シャヤカ帝国の拡張政策

インディアン諸部族の征服(1570-)

 シャヤカ帝国は1570年から北アメリカの先住民諸集落の本格的な征服活動を進めていった。ここではシャヤカ帝国が行った1600年までの諸部族への征服活動を列挙する。

  • 1570-1571年 チョクトー族征服
  • 1573-1574年 プエブロ族征服
  • 1576-1577年 オジブウェー族征服
  • 1599-1600年 ニプマック族征服

シャヤカ=フランス同盟の成立(1574)

 インディアン諸部族の併合と植民活動によりその国力を急激に増幅させたシャヤカ帝国は対ポルトガル同盟を破棄したカスティーリャに対して敵意を示した。これを見た同じくカスティーリャを敵視するフランス王国は1574年に対カスティーリャを名目とする同盟をシャヤカ帝国との間に締結した。ここにシャヤカ=フランス同盟が成立し、シャヤカ帝国はこの同盟を背景に北アメリカでのより急速な勢力拡大を進めた。

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第一次アステカ戦争(1580-1585)

 メキシコ湾沿岸部の空白地帯への植民を完了したシャヤカ帝国は当初はアステカ帝国との国境をシャヤカ帝国の南端の国境線と定める方針を示していた。しかし欧州列強の南アメリカ大陸進出の過激化を見たシャヤカ1世は北アメリカ大陸西海岸の植民を完了するよりも早く欧州列強がアステカ帝国を征服し北アメリカ西部進出への足掛けを手に入れることを恐れ、帝国の国境線を南下させることを決定した。シャヤカ帝国はTamaulipasの領有権を主張し1580年、アステカ帝国に対して宣戦を布告した。

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 シャヤカ帝国はアステカ侵攻に対し40連隊の兵を用い1年ほどでメキシコ北部一帯を占領したが、この戦争に乗じてシャヤカ帝国北部では先住民族のナショナリストの絶え間ない蜂起が続きシャヤカ帝国軍はこの鎮圧行動に追われたため戦争は長期化した。1585年アステカ帝国は首都の陥落をもってシャヤカ帝国に対し降伏し、その北部一帯を割譲した。

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第一次紗葡(シャヤカ=ポルトガル)戦争(1590-1593)

 16世紀後半に入るとイベリア諸国は絶え間ないフランスの侵攻を受けていた。これによりポルトガルのカスティーリャとの同盟は崩壊しポルトガルは新たにアラゴンと同盟を締結するに至った。1588年に始まったフランスによるアラゴン侵攻によりアラゴン本土のほぼ全てがフランス軍により占領されていた。1590年、このアラゴンの圧倒的に不利な形成の知らせを受けたシャヤカ1世はアラゴン王国の同盟不履行を予想しポルトガル王国に対して突如宣戦を布告した。シャヤカ1世の思惑通りアラゴン王国はポルトガルからの参戦要求を破棄し、シャヤカ帝国とポルトガル王国との一騎打ちの形となった。

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 シャヤカ帝国は急遽重量船隊を10艦隊建造し、10連隊の陸軍をリスボンまで輸送し上陸作戦を決行した。この上陸作戦は見事に成功しシャヤカ帝国軍はポルトガル本土を占領した。さらに北アメリカのポルトガル植民地でも戦闘は繰り広げられた。この大陸戦線もシャヤカ帝国軍の圧勝に終わりその植民地の全土を占領した。シャヤカ帝国はアゾレス諸島にも強襲上陸を仕掛けたが、6連隊のポルトガル軍が要塞を築いていたためにこの作戦は失敗に終わった。この戦争はおよそ4年間続き、ポルトガル王国は北アメリカ大陸に持つ植民地の全てとリスボンの隣接州をシャヤカ帝国に割譲することでこの戦争は終結した。この戦争によりシャヤカ帝国は東海岸進出への足掛けとポルトガル王国に対する北アメリカでの優先権を手に入れた。

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おわりに

しゃやか=ハーンの休日

y.jpg 任天堂の歴代キャラが出てくる敵を場外にふっとばすゲームをやってたら更新が遅れたよー。ごめんなさい。

h.jpg いよいよシャヤカ帝国も本格的に暴れ始めたという感じですね。私はポルトガル本国から追われている身なのでできれば今回の戦争でポルトガルを消滅させたかったのですが・・・

y.jpg 一発で属国化できるかなーと思ったけど属国化に必要な戦勝点が103%と惜しくも足りなかったから2回に分ける羽目になったよー。次戦争するとしたらカスティーリャかアラゴンあたりもついてくるだろうね。邪魔だね。

h.jpg この後の方針としては東海岸の空白地帯を埋め尽くしたら次は西海岸を埋めていくって感じですかね。あと政体の変更などについてあまり詳しくないのですが、共和制を君主制に変更できる方法がありましたら教えて頂けると幸いです。

y.jpg ちなみに朕の名前は漢字で紗矢香汗と表すよ。つまり紗葡戦争はシャヤカ=ポルトガル戦争って意味ね。これマメな。それじゃあ次回までゆっくりしていってね☆

1600年の世界地図

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 ポーランドが早速オワコンと化しています。スウェーデンが無双してスカンディナヴィア連合が成立していますね。アジアではティムール・オイラト・明の勢力争いが始まりそうです。まあどうせロシア帝国様に蹂躙されるでしょうが。。。インド北の黄緑は何かな?

第三話 北アメリカの覇権


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Last-modified: 2014-09-22 (月) 07:52:26