AAR/初心者フランス奮闘記

第5話 外征の嚆矢

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ついに百年戦争を終結させ、ノルマンディーおよびブルターニュの「回収」を終えたフランス王国。
他方、大陸領の一切を喪失したイングランドは、スコットランドの猛襲を受け続け存亡の危機に瀕する。
北方および西方の脅威が消失したことで、フランス王国はいよいよ「外」への野心を抱くに至った。

外征始まる

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国内の過剰拡大は消え、大した不穏もなければ赤字もなく、今のフランスは非常に安定している。
……今こそ「フランスの外側」へ拡張する時だ。

 
 
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イングランドとは先程停戦したばかり、ブルゴーニュ公とはまだ数年間の停戦期間あり。
現在標的にできる拡張先としては、初期に我々を裏切ったサヴォイと、友邦カスティーリャのライバル・アラゴンがありますな。

 
 
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うむ、今は南方進出が望ましいだろう。
サヴォイからはその首都サヴォワを頂きたいところだが……

 
 
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ブルゴーニュ公国に加えてサヴォイにまで手を付けるとなると、流石に神聖ローマの諸侯や皇帝が黙ってはいません。
カスティーリャの次期国王が女性であり、いつアラゴンと結婚し合同してもおかしくない現状、アラゴンへの攻撃を急ぐべきと考えます。
また無視できないことに、アラゴンは現在チュニスと戦争中であり、その主力のほぼすべてがチュニジアに展開されています。

 
 
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アラゴンはナポリを同君下位とし、また教皇領、フェラーラ、およびハンガリーと同盟し、総兵力は我が国のそれを軽く上回ります。
しかし、カスティーリャが加担してくれるなら兵数は五分五分です。

 
 
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ふむ……よし、では、アラゴンを攻めるとしよう。
正直教皇領とは敵対したくないし、少々博打かも知れない……が、挑む価値は大いにあるはず!

 
 

1467年4月8日。
48,000人のフランス軍は二手に分かれ、一方はピレネー山脈へ、もう一方は南仏方面・教皇領アヴィニョンの目前に配置されていた。

 
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む、敵方のハンガリーは参戦しないようだな。
しかしカスティーリャも領土の約束がなければ参加しない、か……

 
 
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どうやらハンガリーはオーストリア共々オスマン帝国との戦いで精一杯なようで。

 
 
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ハンガリー不在であればフランスだけでも戦いには勝てるでしょう。
しかし不測の事態に対応できる保証は一切ありません。
確実かつ早急な勝利をお望みでしたら、カスティーリャを呼ぶべきです!

 
 
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うむ、領土約束の参戦要請をカスティーリャに送っておこう。
フランス外への遠征は初めてだ、確実に成功させたい。
それではいざ、宣戦布告!

 
 
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もしハンガリーが来ていたら完全に拮抗していたな。
フランス・カスティーリャ対南欧・西地中海連合になったか。

 
 
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宣戦布告と共に、フランス軍の侵攻が始まった。
ピレネー方面軍は戦争目標たる国境要塞都市ルシヨンを包囲し、南仏方面軍は教皇領アヴィニョンを包囲し始めた。
同盟国カスティーリャの軍は一斉にアラゴン領内に攻め入るかと思われたが、以外にもその半数はイタリア方面へと流れていった。

 
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アヴィニョン付近で教皇軍15,000を確認、しかしこちらに向かって来ず撤退していきます。
イタリアに戻ったとすれば、現在イタリアは相当堅固となっているでしょう。

 
 
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アラゴン救出を諦め、イタリア防衛に専念したか。
であればありがたい、このまま確実に包囲を終わらせよう!

 
 

開戦より半年ほど経過した頃、ついに南仏のアヴィニョンが陥落する。
これにより南仏方面軍は自由となり、ピレネーへの追撃も、イタリアへの進軍も可能となった。

 
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兵をアラゴン方面へ集中させます。
アヴィニョンを陥落させた南仏方面軍は、東に対する備え、兼ピレネー方面軍の補助とします。
ルシヨンが陥落次第、全軍をもってアラゴン本土を絨毯占領していきます。

 
 

果たしてカスティーリャ軍による撹乱もあり、イタリア諸国がフランス国境に現れることはなかった。
そうして時間を稼ぐ中、280日の包囲を終え、ついにルシヨンも陥落する。

 
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素晴らしい!
アラゴン軍はいずこへ?

 
 
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カスティーリャがジブラルタル海峡を封鎖し制海権を得ているため、アラゴンは本国に兵を帰せないようです。
絶好の好機、これよりフランス軍の全力をもってアラゴンを制圧します!

 
 
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カスティーリャを呼んで正解だったな!

 
 

要塞線が崩壊したアラゴン本国が、フランス・カスティーリャ連合軍を留めることは叶わなかった。
まもなくフランス・カスティーリャはアラゴン本国全域を占領し、その軍勢は急ぎイタリア方面へと転進する。
フランスは軍の半数、24,000を丸裸となっていたカスティーリャの防衛のために置き、残る半数をイタリアへと進軍させた。

 
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まるで決壊した堤のようです、フランス軍の勢いを止められるものはどこにもおりません!
長靴は上から順に青く染まるでしょう!

 
 

フェラーラも教皇領もそのすべてを出し切って防衛戦を繰り広げたが、
百年戦争やレコンキスタで磨かれた練度と圧倒的な数的優位を持つフランス・カスティーリャ軍による占領を封じる術はなく、諸都市は相次いで降伏する。
ローマが包囲されるに至り、限界に達した教皇領がフランスに発したのは、和平の懇願であった。

 
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アヴィニョンを要求するべきです!
要塞都市であり南仏の要衝たるアヴィニョンを、神聖不可侵たる教皇の土地とし続けるのは大変危険です!

 
 
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し、しかし、教皇領を必要以上に虐めるのは心苦しいのだが……

 
 
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何度も教皇領と戦争したければ残すのもいいでしょう。
そうでなければ、アヴィニョンの問題にここで決着をつけるべきです。

 
 
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う、うむ……

 
 
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フランスは教皇領と個別の和平を結ぶ。
アヴィニョンはフランス直轄領となり、フランスは南欧に対する足掛かりを得た。

 
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アラゴンも限界のようです。
そろそろこちらの要求を呑むでしょう。

 
 
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ピレネー東のルシヨンは取るとして、ついでに南隣のジローナも頂こう。
カスティーリャには約束通り、2州を与えて友好関係を維持するとしよう。
そして、多額の賠償金!

 
 

(ジローナを諦めサルデーニャ島を独立国家として解放・属国化する手もありましたが、
海軍不足による防衛の困難さと、ルシヨンを本土化する際に収益的にもう1つは同一地域の州が欲しかったため、ジローナを優先しました)

 
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かくして1470年2月20日、フランス初の外征は成功の内に終わりを迎えた。
フランスはこの遠征によって南欧における確かな橋頭堡を獲得し、また、多額の賠償金で国内の教会建設は加速し財政基盤はより強固となる。
青く染まったピレネー山脈は、フランスの同地における優位性を象徴するかのようだった。

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外交あれこれ

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スコットランド対イングランドの戦争が決着しました。
イングランドは滅亡を回避しましたが、スコットランドと同等かそれ以下の国力になったでしょう。

 
 
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しめしめ、これで奴らが大陸に手を出す余裕はなくなったな!

 
 
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それと、大変申し上げにくいのですが……

 
 
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遠慮はいらん、何でもばっちこーい!

 
 
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破門されました。

 
 
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……え?

 
 
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破門されました。

 
 
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(失神)

 
 
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教皇がイングランド出身で、しかも教皇領から土地を奪ったのだから、当然の結果なんだよな。

 
 
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ですが破門により臨界点に達したのか、その半年後にはルイ11世が崩御され、破門は解かれましたよ。
現在のフランスは王妃様による摂政です。
周辺のカトリック国による袋叩きが恐ろしかったので、破門を前後してオスマンおよびボヘミアと同盟を締結いたしました。

 
 
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イベリアではついにイベリア・ウエディングが成立。
我らが同盟国カスティーリャがアラゴンおよびナポリを継承したことにより、ピレネーより南が完全に安全地帯に。
このため我が国の戦線正面は東のみとなり、さらにボヘミアとオスマンと共に神聖ローマ帝国を囲う格好となりました。

 
 
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ひとまず戦略的には安全になったか。
しかしルイ11世陛下、フランスを名実共に王国とした偉大なる君主だったな……

 
 

ブルゴーニュの凋落

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さて、本命の東方ですが……

 
 
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あいつらまた帝国とやりあってるのか!

 
 
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ブルゴーニュ公がリエージュに奪われた都市ナミュールの奪還を掲げ、再び帝国に挑んだようです。
開戦より数日後には帝国側にハンガリーが加わりました。

 
 
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デジャヴがひどい

 
 
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そういうわけで介入しました。
戦闘が一切なかったので特に語ることもなく……
もう流石に周辺国はフランスを危険視しているため、獲得したのはカンブレー1州のみですが、これが意外に美味しい。

 
 
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カレーの所属するピカルディ地域のステート収入が向上したな。

 
 

2度の分割を経験したブルゴーニュ公国は著しく国力と求心力を失った。
これを受け、ブルゴーニュの同君下位であった低地3国はすべて独立戦争を起こし、さらに低地諸国側でカスティーリャが介入。
結果、ブルゴーニュ公国から低地3国が独立し、フランスと隣接するフランドル公国はカスティーリャと同盟を結ぶに至る。

 
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何たること!
これではフランドル地域に進出できないではないか!

 
 

フランスにとって最大の関心事はそこだった。
今後東方へ進出していく中で、経済的にも地政学的にも要であるフランドル(南ネーデルラント)はフランス垂涎の地なのだ。
そこを、フランスの背後を守る、つまり言い換えればフランスの背後を突ける国、カスティーリャが保護している。

 

フランス宮廷は大いに動揺した。
カスティーリャを裏切ってでも強硬に走るか、あるいは別の手段を探り続けるか――
しかし時は思慮の暇すら与えない。

 
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大変です、ブルゴーニュ公の東隣のスイスが!

 
 
 
 
 
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スイス誓約同盟、ブルゴーニュ公国に対して宣戦を布告。
大義名分は「フランシュ=コンテの征服」。

 
 
 
 
 
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まさか、フランス王国圏内にまで侵入する気か……!?

 
 

ブルゴーニュの分割は未だ終わっていなかった。
スイスの侵攻は電撃的であり、すでに陸軍が壊滅していたブルゴーニュ公国は何ら抵抗を示せず速やかに降伏。
フランシュ=コンテおよびブルゴーニュ南部のシャロレーが、瞬く間にスイス領となってしまう。

 
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帝国諸侯たるスイスが、件の2州をスイス領とした……
これはつまり、あの2州は神聖ローマ帝国領となった、ということではないか……
どちらもブルゴーニュ地域、すなわちフランス王国圏内だぞ……!

 
 
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スイスとはいつでも開戦できます。
しかし彼の国は帝国の一員、帝国の外部たる我らが攻めたならば、皇帝が「ローマ帝国保護」の大義名分を得て必ず介入します。
……いかが致しましょう。

 
 
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オーストリア軍と、その同盟国ハンガリーの軍事力を甘く見ないでください。
彼らが結託し、全力を出せば、フランス1国の軍事力を必ずや超えるでしょう。そして、敵側につく国は他にも存在します。
……それでも、「フランス王国領の奪還」を敢行しますか?

 
 
 
 
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当然、戦争だ。
フランス王国領を奪還せずして何がフランス王国か。
いずれ皇帝とは衝突すると覚悟していた。今がまさにその時であれば、喜んで剣を抜こう。

 
 
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スイスがブルゴーニュ公国から領地を奪ったことにより、フランスとオーストリアはスイスを挟んで間接的に接するに至った。
それはすなわちフランスと神聖ローマ帝国の境界が接触したことをも意味する。
両勢力は共にアルプスに重大な戦略的利益を見出していたが、それ故に両者が戦戈を交えることは必定であった――。

 

第6話 神聖ローマ帝国


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Last-modified: 2018-10-19 (金) 01:11:51 (29d)