AAR/女王想話

第二話 ~傲岸不遜な女王と忠実なる騎士~

忠実なる騎士

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マリー1世の治世を語るにおいて欠かせない人物がいる。

レスター伯爵オリバー・ダドリー卿。
民からは「イングランドの盾」と呼ばれ、貴族からは「中世最後の騎士」と称されるイングランドの救世主として名高い将軍である。

オリバー9歳、マリーが11歳の時に二人は初めて出会った。
オリバーは若くして死を目前に控えていた。
下級貴族の三男だったオリバーはあろうことかヘンリー6世の前で粗相をし、精神に異常を来たしている王の逆鱗に触れて処刑宣告を受けたのである。

「この国のものは全て神に選ばれた王たるお父様のもの。お父様がいらないと切り捨てるならわたくしにくださらない?」

可愛い愛娘であり、ただ一人の後継者であるマリーにそう言われては狂王も怒りを静めるしかなかった。
かくしてオリバー・ダドリーの命運は定まった。

王女家出事件の時にもオリバーは無理やり付き合わされている。
帰宅後、主犯はさほど叱られていないのにも関わらず死にかけるほどの折檻を受けた。
恐らくマリー絡みで彼が命を落としかけたのは両手の指では数え切れないほどだろう。

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「レスター伯こそ真の信仰の擁護者である」

時のローマ法王にそう称されたオリバーだったが理不尽な死を間際にして自分を救わなかった神をまるで信じていなかった。
ただ彼のメシアが熱心に信仰していたから形ばかりの敬意を払っていたにすぎないのである…。

~ アルブレヒト・アダー著「プロテスタントの台頭」より ~

イングランドの剣

オリバー・ダドリー卿が「イングランドの盾」であるなら、私達外交官は「イングランドの剣」と呼ばれていました。

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今でこそ整えられた制度で比較的楽な仕事になりました。
しかし当時の外交官には貴族しかなれないことによる人手不足に加え、女王が容赦なくこき使うことによるオーバーワークが深刻だったのです。

イングランド外交官の死因の九割が過労。残りは成果を残せず女王に首を刎ねられたという冗談があったそうです。
それでもイングランドにおいては戦場で活躍するより栄達の道が開かれることから気概のある新興貴族に人気の職でした。
私の一族も始祖が外交職を立派に勤め上げたことで爵位を賜っています。

「世界を一つの国が統べるべきである」と宣言した女王は西洋諸国に対して存分に拳を振るいました。
その一方で神聖ローマ帝国諸侯の不安を鎮めるべく、外交官を派遣してイングランドの義を説かせ緊張を解すことに神経を払っていました。

自由奔放、傲岸不遜な振る舞いで有名な女王でしたがけして無理はしませんでした。
戦争で勝利し全てを奪える状況においても周辺諸国の衝撃を押さえる為に配慮し、必ず外交的手段でフォローするという手間を惜しまなかったそうです。

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かつて我が家の始祖であるヘンリーは女王にこう言われたと伝え聞いております。

「最近、オリバーがイングランドの盾とかいう大層な名で民に呼ばれているらしいわね」
「ノヴコロド遠征、オスマン遠征の成功と活躍目覚しいものですから…武を知らぬ我々にとってもダドリー卿の戦働きの話を聞けば胸が躍ります」
「全く持って腹立たしいわ。ヨーク公の挑発に乗って戦場に出したのが失敗だったかしら。……そうね、オリバーがイングランドの盾なら貴方達外交官は私の剣よ」

ヘンリーは警戒したそうです。
女王の甘い言葉には常に裏があったからです。

「これが次の任地を記した命令書。後、これも差し上げるわ」

ヘンリーが前の任地から帰国したのは昨日のことでした。
恐らく甘く見積もっても三日後には新任地に立つよう書いてあるでしょう。
それはともかくとして女王が書類とともに差し出したのは一冊の書物でした。

「これは一体?」
「貴方が使うべき辞書よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

訝しく思いつつも受け取り、帰宅してからその辞書を眺めてヘンリーは気付きました。
その辞書には「睡眠」に関する項目が一切合財削られていたのです。
あの頭脳明晰な女王が辞書一冊程度を暗記していないわけがありません。
抜かりなく該当する単語、文章を除いていることは疑いようが有りませんでした。

これが貴方達、新任の外交官に配られた辞書の由来です。

~ 外交官任命に際して皇帝陛下より下賜される辞書の伝統について ~

3つの遠征

マリー1世の治世では3つの大きな遠征が敢行された。
イベリア遠征、東欧遠征、オスマン遠征である。

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イベリア遠征は隣国であるから協力を惜しまなかったフランス閥の貴族達が東欧遠征については遠方地であること、大義名分が怪しいことから出兵を渋ったのである。

このフランス閥貴族の態度に女王は怒髪天を衝いた。

「カエルどもの首を全員へし折って挿げ替えてやる!」

老境の域に達していたヨーク公リチャードは溜息をついた。

「このような無茶な遠征計画に付き合わされるほうの身にもなってくだされ。どうしてもやりたいとおっしゃられるなら女王子飼いの兵をその騎士に率いさせては如何か」

ヨーク公は無口で忠実なだけが取り得と思われていたオリバー・ダドリー(当時はレスター伯でも卿と呼ばれる役職にもなかった)を指差してそう言った。

「言ったわね……それが枢密院の決定と捉えるわよ!」

後は売り言葉に買い言葉だった。

「ご自由にどうぞ。属国に無茶な遠征を強いたとあらば王国の権威に傷がつきますからな」

このような経緯の元、イングランド軍は一介の騎士オリバー・ダドリーに率いられてモスクワ討伐へ向かった。

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彼はどのような手段を用いて従軍するプライド高き各上の貴族達を従えたのだろうか。
本人が至って無口で自ら語らない為に不明瞭な点が多い。
しかしマリーのプライドだけで敢行された遠征を彼は大成功させたのである。
更にオリバーは本国に問い合わせることなく勝手にモスクワ公国と講和を結んだのだが、その成果は全て女王の意に適ったものだった。

マリーはけしてオリバーを褒めたりはしなかったが、その後も全権を委任した上で遠征の将軍に任命したことから厚い信頼を寄せていたことがわかる。

この出来事から遠方地の敵を相手にする際に生じる情報伝達のタイムラグを抑えることの重要性が判明した。
オリバー・ダドリー死後のイングランド将軍には講和における全権が委任され、その事から将軍職は外交官職の経験者に限定される法律が生まれた。
イングランド将軍は古代ローマにおける執政官のように政治のエキスパートであることも求められるようになったのである。

この話には続きがある。

モスクワ遠征成功の功績を持ってオリバー・ダドリーは子爵位を賜ることになったのだが、彼は辞退を申し出た。
その事を聞き及んだ女王はオリバーに直接尋ねた。

「私が与えるものに不満でもあるというの」

彼は無言だったがその瞳は不満を雄弁に訴えていた。
ただ騎士オリバーは功績に対して与えられる爵位が低いことに不満を覚えていたのではなかった。

「爵位を得ることで私の傍から離されるのが不満ですって?」

女王は救いようの無い馬鹿を哀れむ慈悲深さでもって(少なくとも当人はそう思っていた)オリバーに爵位を押し付けた。

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叙勲の日、子爵位をあれほど嫌そうに受ける騎士を始めて見たとヨーク公は述懐している。

~ 宮廷歴史家 チャールズ・ギボン著「マリー1世・ランカスター治世録」 ~

プリンス・オブ・ウェールズ

マリー1世には一人だけ息子がいた。

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女王が13の時にイングランドとフランス融合の象徴としてルイ・ヴァロワと婚姻し、生まれ落ちた高貴なる一つ胤である。

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プリンス・オブ・ウェールズの名はヘンリー。
祖父と同じ名を継いだ孫は健やかに育ち、オリバー・ダドリー卿と共にオスマン遠征を成功させた非凡な軍事的才能の持ち主でもあった。
一介の騎士であるオリバーが貴族を従えることができたのも人間的魅力に溢れている王子が範を示して従ったからとも言われている。

「王となれば人の下に就くことなど生涯ないからね。良い経験さ」

プリンスは女王に絶対の忠義を示すオリバーに対して終世友好的であったことでも知られている。
この快活な王子を女王は愛し、民衆は慕った。
長年の脅威であったブルガンディ公国は神聖ローマ帝国とイングランドによって討伐され、最良の後継者が控える現在はイングランドの黄金時代であると誰もが信じていた。

そんな眩いばかりの黄金時代に陰りが差したのは西暦1513年のことだった。
女王も70歳となりその治世が47年目に差し掛かる頃の出来事である。

王子は息子と共に趣味の狩りをしている最中に神の元へ旅立った。
女王は愛する後継者と孫を同時に失った。
悲しみに暮れる間も無く彼女の王国に苦難が襲い掛かる。

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翌年、マルティン・ルターが「95ヶ条の論題」を発表。

女王が繋いだイングランド=フランス王国をプロテスタントという病魔が蝕み始めたのである。

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~ 宮廷歴史家 チャールズ・ギボン著「マリー1世・ランカスター治世録」 ~

宮廷歴史家

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それはイングランド=フランス王国が信仰の有り方を巡って分裂した西暦1519年のことだった。
私は女王に呼び出され一族とその将来を縛る一つの辞令を受けた。

「宮廷歴史家という職を新たに設けることにしたわ。その初代にチャールズ・ギボン、貴方を任命します」
「宮廷歴史家……でございますか」

女王に渡された書類にはすでに国璽が押されていた。
問答無用。
女王の命令に拒否の意を示せるのはかのオリバー伯だけだ。
(そのオリバー伯も結局は受け入れざるをえなくなるのだが)
無言の圧力を感じた私は書面に目を通す。
そこには以下のように記されていた。

一、英国王室に関わる記録を細大漏らさず記録すること

一、代々の英国君主は神の元に旅立つ前に告解するが如く、嘘偽りなく人生の回顧録を宮廷歴史家に記録させること。

一、封印指定を受けた事柄は英国君主を除いて百年間閲覧を禁ずる。

その事柄が未だ閲覧に適さないと当代君主が認める場合、再指定も可能とする。

''一、宮廷歴史家を通じての特定個人への申し送りは君主といえど閲覧を禁ずる。
宮廷歴史家はその申し送りが存在することを当代君主といえど明かす必要はない。''

一、宮廷歴史家の職にある者及びその一族に害を成すものがいた場合、その犯人は一族郎党、問答無用で拷問の上に晒し首とすること。

…何だこれは。
玉璽尚書並の特権を得ることに私は目を疑った。
我が一族は他人との喧嘩でうっかり事故死することも躊躇われるようになってしまったのだ。

「もちろんこの職の性質上、宮廷歴史家はギボン家が独占することになるわね」

ギボン一族は穴に向かって「王様の耳はロバの耳!」と叫ぶことさえ許されなくなったのである。
次代の宮廷歴史家は私を恨むかもしれない。
だがこれを受ければ一族の地獄、受けなければ我が破滅である。

「早速だけれど、一人に申し送りをしたいの。記録してくださる?」

絶対権力者は満面の笑顔で私にそう告げた。
私は不甲斐ないことにただ首を縦に振ることしかできなかったのである…。

~ 宮廷歴史家 チャールズ・ギボンより次代宮廷歴史家への弁解 ~

Queen save the god

女王の慈悲が遍くイングランドを包みこみ、彼女の騎士と王子がオスマン遠征を成功させ人々を沸かせていた。
マリー・ランカスターが幸福の絶頂にいた16世紀初頭の事である。

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マリーは民の歌う声を耳にした。

…God save our gracious Queen
Long live our noble Queen
God save the Queen
Send her victorious
Happy and glorious
Long to reign over us
God save the Queen…

「あの歌は良くないわ」

女王は侍従の女に言った。

「民が女王を讃える歌の何が問題なのでしょうか」

侍従のメアリー・テューダーは首をかしげ、主君に尋ねた。

「私は主に守られるままの子供ではないということよ。確かに私はまだ偉大なる神の前では幼い子供なのかもしれない。それでも敬愛する親を自らの力で守ってみせる。そんな気概を持っているつもりよ」

それは女王の信仰を示す覚悟だった。
彼女の溢れんばかりの自信を支えてきたのはただ一つ。
自らが神に選ばれた故に王権を振るうことを許されているという王権神授説に基づく思考だった。
故に女王は後に王国を蝕む教義を認めなかった。
彼女にとって、異宗派を認めることは自身を否定することと同義だったからである。

「私が神の国を常世に実現してみせる。だからあの歌は詩をこう変えるべきね」

女王は高らかに歌った。
その歌はロンドンに響き渡った。

…Queen save our gracious God
Long live our saint God
Queen save the God
Send her victorious
Happy and glorious
Long to reign over us
Queen save the God…

民は女王の歌に喝采した。
これ以降、イングランドにおいて「God save the Queen」は「Queen save the God」と歌われるようになった。

~ Queen save the godというアンセム(賛歌)について ~

執念

私が初産を無事に終え、一息をついていたときのことです。
突如、女王が我が家に訪問したのです。

「貴方の子供を私に寄越しなさい」

字面だけ見れば傲岸不遜な女王に相応しい台詞です。
ですがその場にいた者なら解することができる異常な光景でした。

あの、女王が、頭を、下げて、いる?

誰もそんなことを言っても信じてないでしょう。
父王にも頭を下げたことがないと言われている女王が。
神の面前でしか頭を垂れないと言われている女王が。
姪の私の前で頭を下げている。

私は二つの意味で涙しました。
あの誇り高き女王が危機に瀕している私の故国の為に頭を下げたこと。
そして腹を痛めて産んだ我が子を永遠に自らの子と呼べないであろうことに。

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1521年、かつて私の子供だった赤子は赤子のままイングランドの君主となりました。
それはイングランド王ジェームズ1世の治世の始まりでした。

~ 名も無き女の述懐 ~

もう一人のマリーと二人の狂信者

女王の元に侍女として仕えるようになったのは私が18の時のことでした。

「貴方がメアリー(mary)・テューダーね」

宿敵でもあるランカスターに侍女として仕える。
これが屈辱でなくて何でしょうか。
祖父に無理やり女王の侍女になるように言われ、渋々従った私は肩を怒らせておりました。
おざなりな返事を寄越した私に対し、女王は自由気ままに続けます。

「素晴らしいわ!私と同じ名前の者がこんなに賢い娘だなんて。神の采配に感謝しなければならないわね」

女王の言葉に私は感情を抑えきれず涙を零しました。
何故ならば私が女だてらに学を愛することを認めてくれる人がいたことが信じられなかったからです。
私はこの瞬間、憎き宿敵ではなく愛しき私の女王、マリー様に仕えることができることに主君同様神に感謝しました。

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その時から私にとってマリー様が神に等しい存在になりました。
そして私はマリー様の血統、ランカスター家を守る為の騎士を産み育てる事が使命であると堅く信じたのです。

その為には胤が必要でした。
ランカスターを守る為の強い男の胤。
私はマリー様に頼みました。

「オリバー・ダドリー卿と婚姻させてほしい」

女から男にプロポーズをする。
下町の娼婦に等しい頼みごとを敬愛する主君にしました。
後悔はしていません。必死だったのです。
女王は私を見つめ数秒の間を置き問いました。

「オリバーはもう60を越える老人よ。貴方のような高貴な血筋の聡明で美しい乙女が生涯を捧げる相手として相応しいと思えないのだけれど。それにこの歳まで独身を貫いた頑固者が今更婚姻したがるとも思えないわ」
「構いません。許可を頂けるなら私が卿を説き伏せます」
「…私のメアリー。我が分身である貴方がそこまで言うのだから深い考えがあってのことでしょう。いいわ、オリバーが否といっても私が婚姻させましょう」

当然レスター伯は難色を示しました。
私は直接レスター伯に会う機会を頂きプロポーズしました。
一刻の後、レスター伯は私との婚姻に同意しました。
このプロポーズが成功した原因、それは私が「信仰を共にする同士」だということをレスター伯に理解してもらえたからなのです。

私とオリバーは神が信じる神の前で結ばれました。

それからオリバーと私は1週間公務を休み励みました。
神聖なる勤めは無事に果たされ、寝室から出た私を見て侍女は悲鳴をあげかけました。

「騒ぐでない」
「しかし奥方様、その血塗れの姿で出歩かれるのは……今タオルをお持ちします」
「タオルよりも、今ランカスターを後世に渡って守る男児を旦那様から頂いたところ。一滴たりとも零さぬよう差配なさい」

私は散らしたばかりの処女の花弁で汚れていました。
人の口に戸は立てられぬのでしょう。
この時の噂が広がり、私はブラッディ・メアリーと陰で綽名されるようになりました。

私は私の神に何度でも誓います。
この胤を女王の血統を守り抜く騎士に育て上げることを…。

女王の最期

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…ままならぬものだわ。

マリーは虚ろな意識の中でそう思った。

世界を掴もうと手を伸ばしたらコロンブスに邪魔をされ、神の国を実現しようとすればルターに妨害された。

まだ夜は深く、春は彼方にある。
黄金時代は終わりを告げ、新たな王の目覚めまでイングランドと民の苦難は続くだろう。

それでも女王の自信は最期の一時まで揺らがなかった。
必ず自身の魂と血とハーツオブアイアンが受け継がれ、この世界に神の国がもたらされると固く信じていたのだから…。

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第二話 ~傲岸不遜な女王と忠実なる騎士~ 完

次回 第三話 ~孤高の騎士が示す光~ に続く

第三話 ~孤高の騎士が示す光~

詳しい解説はハートマン軍曹白熱教室 世界征服編第2回にて


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Last-modified: 2014-03-28 (金) 00:50:26