AAR/星条旗よ永遠なれ

1章 王領植民地

プロローグ

西暦1191年、イングランド南西部のグラストンベリー修道院の敷地内地下5mの深さから羊皮紙に描かれた一枚の「古い地図」が発見された。

それは「アリマタヤのヨセフの遺物」

「アリマタヤのヨセフ」とは帝政ローマ時代、イエス・キリストがゴルゴタの丘で磔刑になった後のイエスの遺体を十字架からおろし、その埋葬前に遺体をふき清めた聖人

アリマタヤのヨセフはその後伝道師となり旅を続け
北の果て、ブリテン島の地にキリスト教最古の聖堂
グラストンベリーを建造しそこで死亡した

「アリマタヤのヨセフの地図」

だがそれは誰にも理解できない「地図」であった
そこに描かれた海岸の「形」は誰もみたことも無いもの
誰も行ったことのない陸地 場所も知らない土地

「聖ヨセフ」はいったい何を求めてイエスの時代、その地図を書き記したのであろうか?
そして「地図」の存在はその後、人々から忘れ去られていった……

しかし突然
千五百年が経ち16世紀が幕を開けると何者かの手で「地図」が奪われ
グラストンベリーの地から消え去ってしまう……

それは新大陸「アメリカ」という土地が発見され数年が経っていた……

新大陸の発見

ヘンリー6世(0/0/0)は一つの地図に取り憑かれていた。
その地図は「アリマタヤのヨセフの地図」
彼はそこに記された海岸線が、フランスの地に無いと知ると
マーガレット・オブ・アンジューとの婚姻によって百年戦争を終わらせた
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講和によってイングランドはアキテーヌ・ノルマンディーを残しフランス内領土を放棄した
イングランド社会ではこの敗北に強い不満が渦巻く中、
ヘンリー6世は地図の地を求めて新たにアイルランド・スコットランドへの侵略を始め
1453年までにそれらの征服を完了した
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しかしそこにも求めていたものが無いと分かると
彼は政治への関心を失い、芸術と神学の世界へ閉じ籠ってしまった
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この精神的錯乱を理由にヨーク公リチャードは摂政位を主張して反乱を起こした
イングランドは二分され、内乱の中ヘンリー6世は暗殺
マーガレット・オブ・アンジュー(3/4/3)がイングランド女王に即位した*1
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マーガレットは夫の夢を理解していた数少ない一人で、それを継ぐものであった
ナポリやカスティーリャなど欧州各地に行ったことのある彼女は
地図がヨーロッパに無い土地を示していると察し、大西洋を越えた向こう側にその地があると信じた

彼女は大西洋探索の基地として北ではアイスランド、南ではアゾレス諸島・マデイラを征服した*2
1468年探検家ヒュー・アクスブリッジによってニューファンドランド
王室顧問探検家アルバート・バッフィン*3によって西インド諸島が発見される
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アルバート・バッフィンは西インド諸島のうちドミニカに入植地を作り*4新大陸沿岸の探検を続けた
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探検で得られた海岸線は「地図」のものと極似しており
内陸への進出拠点としてチェサピーク湾に恒久的大規模植民地が建設された
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一方国内では王太子ウィリアムが病死し、再びヨーク公の王位継承の気運が強まった
マーガレットはアンジュー家のジェーンを指名し内乱を未然に防いだ
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欧州においてはチュートン騎士団の解体に介入し
騎士団領の殆どがポーランド主権下に組み込まれる中、
英領ボルンホルム島対岸のダンツィヒはブランデンブルク選定侯に帰属させた*5
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1495年チェサピーク湾の入植者は5000人*6まで膨れ上がった
インディアンとの、あるいは入植者内部の紛争が頻発し
これに対応するため植民地経営を行っていたチェサピーク会社を解散させ
新たにアメリカ王領植民地に再編し、その総督にヘンリー・グロスターを任命した
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また、新大陸に興味を示していた同盟国カスティーリャとの間でトルデシリャス条約を結び
「ファンディ湾地域及びセントローレンスより北」と「カナリヤ諸島より南」をカスティーリャ領とし、「その間」をイングランド領と定めた
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この条約を根拠にメキシコ地域の征服を本格化し、かねてより懐柔していたユカタン半島部族に1496年メキシコ公を与え*7
イングランドの軍事支援の下でメキシコ諸部族を全て征服させた*8
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メキシコ征服の後、テキサスへの探検をすすめたがその探検隊の中には男装したジャンヌ・バレもいた*9
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王領植民地

ジェーン女王(4/5/5)の治下においても引き続き新大陸への開拓政策は取られ
多くの勅許会社や貴族が植民地を建設していった

しかしその殆どの管理は杜撰であり、最終的に王領植民地に組み込まれ
王領植民地が巨大化すると植民地総督を主体として各植民地は統治された*10

このような植民地政策にかかる費用は莫大で王室財政を苦しめたが*11
有力な貴族の多くは2度の王室問題で弱体化し、植民地を持つ貴族たちの多くはその維持のために王室に頼らざるをえず、王権は安定した
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また、植民地政策は国内における囲い込み運動や
ニュルンベルクのルター*12に始まる新たな異端の流行に伴う社会不安を、新大陸に追い出す形で解決させた
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アン女王(3/3/1)とアーネスト・オーガスタス(1/3/0)の時代に入ると新大陸情勢には転機が訪れた

まず1540年代には北米東海岸があらかた入植され、内陸への入植が開始された
北ではハドソン川に沿って、南ではアラバマ川を遡って入植地を拡大し、その先々でイロコイ連邦、チェロキー・チカソー族を滅ぼした
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そしてポルトガルがブラジルに、フランスがコロンビアに植民地を建設した
トルデシリャス条約は修正され、それぞれの地域の権利が事後的に認められた
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植民地防衛のためグレートブリテン*13議会は植民特許*14をしてニューオーリンズに軍港を開いた
この都市は後にミシシッピ川の集積地としても繁栄を見る
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新大陸での拡大はグレートブリテン本国に負担が大きく、
スウェーデン・オーストリアとも新たに同盟を結ぶことでフランス内領土の維持を図った
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オーストリアとの同盟のため1552年からのオスマン帝国の侵攻への救援に
グレートブリテン軍4万がバルカン半島に送られたが、サライェボ・スラヴォニアの戦いでイェニチェリの猛攻の前に壊滅した
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ジェーン女王以来大規模な戦争がなく
永らく貴族たちは戦闘を経験しておらず、トルコ人の戦術に大いに苦しめられた
そのためアルフレッド・ノーサンバーランド*15による防衛的戦術研究と軍事教練改革、軍規の改善が図られた
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1573年、アーネスト・オーガスタスの「ナバラ王位」とカスティーリャ女王フアナの「アラゴン王位」を主張し
フランスに宣戦布告*16
グレートブリテン軍はポワトゥーへ上陸、カスティーリャ軍はアラゴンを包囲した

フランス王アンリ3世はこれらの各個撃破を狙い、アラゴンの解囲に成功したが
その追撃の途中にマクシミリアン・デーヴィス率いる英軍がカスティーリャ軍に合流し
アラゴンの戦いでフランス軍5万対同盟軍7万の軍が激突した

数に劣るアンリ3世の軍は敗北、その後ポワトゥー・ナヴァラの戦いでも敗北を重ね
パリを包囲された1578年、フランスはアラゴンのカスティーリャへの割譲で講和した*17
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その後北アメリカではスペインがアカディア・ノヴァスコシアに植民地を建設し、
祖国を追われたノルウェー貴族がニューファンドランドに亡命ノルウェー国家を建設した*18
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ミシシッピ川東岸まで拡大した北米のグレートブリテン植民地はすべて王領植民地政府に統合された*19
アメリカ王領植民地の経済規模は本国に匹敵した
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カリブ海ではホラントがイスパニョーラ島東部やバハマ諸島に入植した
アーネスト・オーガスタスは西インド会社を勅許し*20カリブ海へ入植させ、ホラントに対抗した
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メキシコでは征服期からの反乱もこの頃には治まり、原住民支配層もイングランド文化に同化した
本国からの入植者は来なかったが原住民への穏健な支配と金の産出によって統治は安定し、
原住民との戦いに本国の支援を要する王領植民地と比べてメキシコは自立していた
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1570年代は慢性的な好景気に乗って植民地への投資が加熱し、王室財政は極めて放漫になっていた
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腐敗した国庫を脇目に、英国社会は世界一周航路の発見もありその海外政策を支持していた
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独立とイングランド内戦

1583年アーネスト・オーガスタスが亡くなりオクタヴィウス(6/4/1)が即位した。
47年間にわたるアーネスト・オーガスタスの統治の中でグレートブリテン社会は大きく変容しており、
オクタヴィウスは改革の期に相応しい新君として期待されていた
しかし僅か1年で病死する
幸いながらその死の直前に嫡子ジョージが生まれており、ヨーク公が摂政として政治にあたった
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ジェーン女王以来の植民地拡張に傾倒した財政は王債を膨らませ、
フランスへの遠征はさらに拍車をかけた。
ヨーク公エドワード(3/5/1)はプロテスタントへの改宗、教会財産の没収によって
この返済に充てたがカトリック勢力との衝突を引き起こした。
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宗教反乱によってさらに軍費が必要になった政府は
議会に新たな課税を認めさせることと引き換えに囲い込みを承認*21
農業経営の合理化も加わり歳入が増え、財政破綻は一時的に引き延ばされた
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1598年ジョージ(2/1/4)が成年に達したため親政を開始、手始めに財政の行き詰まりを認め*22破産*23を宣言、
さらに植民地に印紙等への課税をはじめた*24
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これを受けて自立傾向の強かったメキシコ植民地は1604年独立を宣言、フレデリック・ドゥ・ラ・ポールを王に戴いた*25
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アメリカ王領植民地も続いて1605年、ジョセフ・バッフィンを首領とした共和国として独立した*26
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西インド会社もメキシコやポルトガル、ホラントの支援を受けてハイチ共和国として独立した
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本国では新大陸の騒乱に懲罰を与えようとする国王派と
独立を認める議会派で内戦が勃発し、
ニューモデルアーミーを率いる議会派のオリバー・クロムウェルが内戦に勝利し護国卿に就いた
彼の死後、タルボット家のフレデリックが王となり本国の混乱も終結した
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アメリカ王領植民地はUnited States of Americaと名を変え、旧大陸からの独立と新大陸での拡大を模索していく*27
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2章 第一共和政につづく


*1 イベント君主 1500年以前、君主が男性かつ摂政政治で無い時にMTTH200m
*2 デンマーク戦では他にもグレートブリテン島近くの領土やボルンホルム島も割譲させた。ポルトガルに対してはブルゴーニュ→アラゴン経由で宣戦しイングランド=カスティーリャ間の同盟を維持した。なお初期領土・外交技術3だと植民アイデアの3つめを開放してコア化距離を延ばさないと一部島嶼はコア化できないので注意
*3 Navigator level 1
*4 アドイザーのNavigatorを選べばDip Lv3でも160*1.5*1.2でマデイラから届く
*5 ポーランドのWesternizationを阻止するため
*6 ゲーム内数値では無い あくまで5 provinces
*7 ゲーム内では原住民国家を併合して植民地国家にしただけ。植民する手間が省けて便利
*8 Colonial Governmentは文化転向にボーナスがあるためUSAになってから各個原住民国家を征服するよりは、一度植民国家に纏めた方が統治しやすい。それ以上は求めていないので植民者はメキシコ地域には使わない
*9 実在の人物。なんで女がいたら士気が上がるんですかねぇ(すっとぼけ
*10 せめて建築ぐらい本国にさせてほしい
*11 植民者+2~4程度の植民地をつねに維持していた。さらに植民国家自身の植民に資金援助しており財政収支は初期は-10d/m,1550年頃は-50d/m
*12 ゲーム内ではニュルンベルクより宗教改革が始まった
*13 属国スコットランドをAdm Lv10になったのでdecisionで併合
*14 Parliamentの「Charter colonists」数少ないおいしい議題
*15 Army Reformer level 1
*16 Conquest Navara CB
*17 これによってカスティーリャがスペインへ
*18 首都は島内のプラセンティア
*19 Colonial governmentにもその植民地域から1 province離れた領土なら売れる。これを利用してニューオーリンズなどをThirteen Coloniesに売却。なおThirteen Colonies自身もルイジアナ地域に植民地を作っていた
*20 例によって1 provinceしか離れていないキューバ島北部はThirteen Coloniesに売却
*21 ゲーム内ではManufactoryを建設した
*22 スペインかな?実際のところ大量の借金をAIが返せる見込みが無かったので早いうちに破産させた
*23 Loanがこれ以上できない状態で収支のマイナスが国庫を越えた時に破産する。破産したかったら限界までLoanをしてNavy builderで大量にHeavy shipをつくればいい
*24 ゲーム内では何も無し
*25 独立したColonial governmentはAdministrative monarchyか同republic, Merchant republicのどれかになる
*26 Merchant republic ちなみに共和国伝統は50から始まる
*27 Thirteen Coloniesにプレイヤーが入ったのは1605年、その後のイングランド内戦はAIが経験した

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Last-modified: 2015-11-18 (水) 19:15:36