AAR/南インドの隆盛 ~ヒンドゥー教とムスリム~

あらすじ

・かつてインド地方はヒンドゥー教徒が大多数を占めていたが、ムスリムの進出によりインド北方では自らをスルタンと名乗る王朝が続々誕生。
ヒンドゥー教の王朝が次々と滅ぶ中、ヴィジャヤナガル王国はどう動くべきか模索していた。

動かぬ国境線

1444年11月
「バフマニー朝に動きは?」そう問いかけるが、いつもの返答が返ってくる。
そうここ1ヶ月程動きがないのだ。
「マルワ及びオリッサとの同盟締結に成功しました」と使者が国王に報告している。
これでバフマニー朝から攻められる事はない。この隙に地盤を固める事が出来そうだ。

「これより南西部を平定する。」
号令だ。

1451年5月
インド南西部を手中に収める事に成功。
国外の状況は、オリッサはベンガルに食い込みグジャラートは北に少し勢力を広げたようだ。
「残るはセイロン島ですね」と誰かが言う。
橋頭保はあるが、あそこは信じる神が違うという話だ。兵の消耗も無視できない。
「セイロン島は兵が回復してからだ。」
イタリアではルネッサンスなるものが吹き荒れているという話ではないか。
確かカリカットの商人が言ってたような気がする。
「カリカットに投資してみようじゃないか。これで何か分かるだろう。」

嵐の予感

1462年2月
セイロン島を従属させる事に成功。そしてインド南西部のモルディブ諸島も手中に収める事が出来た。
そして思いがけない報告が入る。
「オリッサが盟友アンダラの領地を切り取った模様。そしてバフマニー朝に動きあり。他の勢力も拡大している模様」
報告だとグジャラート、マルワ、デリー、オリッサが頭角を現してきたという。

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Last-modified: 2018-09-16 (日) 07:57:32