AAR/女王想話

第八話 ~孤独なる人~

庶子王誕生

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五賢帝最後の皇帝、フレドリック2世にはオクタウィウスと名付けられた長子がいた。

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皇太子オクタウィウスは九歳の時に病死した。
悲しみに暮れた王は宮廷に使える侍女に手を出し、一人の息子を授かる。
フレドリック2世はこの赤子を亡くなったオクタウィウスの代わりだと信じ込み、比類なき栄光ある帝位の後継者として育てることを決意する。

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新たなる皇太子の名前はウィリアム。
皇帝が継嗣にローマ風の名前をつけることを改めたのは何か思うところがあったのかもしれない。

ランカスターの血統を男児を通じて残す。
この事には何ら問題がなかった。

不満を覚えたのは大英帝国の民衆と聖職者である。
清らかな信仰を民衆と聖職者には半ば強要しているのに、自らは神に認められぬ結びつきで成した子を後継者として立てる。
世の中に矛盾は数あれど、施政者が堂々とやるには政治面での影響が大きかった。
それでもフレドリック2世の成した偉業を前にして人々は表立って抗議はしなかったが不満とやり場の無い怒りが堆積したのも事実だった。

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庶子ウィリアムにとって最も不幸な出来事が起きる。
本来ならば立場の弱い庶子の皇太子に対して父が後見人として立場を守るべきだった。
しかしながら1693年、その役目を放棄し、まだ8歳の息子を置いてフレドリック2世はこの世を去った。

溜まりに溜まった民衆の不満と怒りは全てこの庶子王にぶつけられた。
マリー1世は神に認められたと自他共に考えていたが故の全能感と自信を持っていた。
歴代の王も不可思議な見慣れぬ犬の形をした象徴を持って神に自らの統治を認められていると信じていた。

しかし、庶子王ウィリアムは誇りを他者に根こそぎ奪われ、否定されていた。
庶子ウィリアムは神に望まれず誕生した子であり、神に認められていない王だと民衆は叫んだ。

一方で宗教動乱と僭称者が乱立した時代のイングランド王であり初めての神聖ローマ帝国皇帝ジェームズの苦難を思い出し、政を司る者達は庶子王を容認した。
それはあまりにも巨大な帝国が分裂するような事態を避けるが為の緊急措置であり、彼等とて庶子王を歓迎していたわけではけしてなかった。

誰にも歓迎されていない王は孤独にあった。
だが同時に、彼は孤独ではなかった。

~ 宮廷歴史家エドワード・ギボン著 「ウィリアム5世治世録」より ~

御伽噺

「貴方など生まれなければ皆が幸せだったのにね」

姉上が昔言ったその台詞を僕は忘れることができない。
誰もが僕が僕であることを認めてはくれない。

ある日誰かがが囁いた。
言いたいやつには言わせておけ。
王は絶対的支配者であり、心の赴くままに民を殴りつけたとて問題ないのだ。
お前が即位した暁には五月蝿いノイズを叩き潰して回ろうぜ、と。

そんな時、僕はいつも宮廷歴史家の元に駆け込み、一冊の本を手に取る。

英国歴代君主の回顧録。
これを読むことが僕の数少ない慰めだった。

歴代君主の中でもジェームズ1世の回顧録は僕の孤独を癒してくれる。
マリー1世の後継者として他者に否定されながらも、英国を導き、腐敗した教会を改革し、神聖ローマ帝国皇帝となった王、ジェームズ1世。
彼の心情が綴られたこの記録は僕を孤独から救ったのだ。

人々は僕を正統なる英国王として否定する。
けれど、この誇りある魂を受け継ぐ者…ランカスターの夢を叶えた時、僕が僕であることを全ての人が認めてくれるはずだ。

僕は待っていた。
自らが成人として認められる時を。
僕は見つめていた。
自らの手足となる人物を定める為に。

…僕は覚悟を決めた。
自らの手で大英帝国による平和を実現させると。

そして僕は12歳の時、あの悪魔のような平和主義者と出会った。

~ 宮廷歴史家エドワード・ギボン著 「ウィリアム5世回顧録」より ~

契約

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現在の大英帝国において、君主の権限はほぼ無制限であるといって良い。
マグナカルタによって制限されたはずの王権はヘンリー6世がフランス王になったことで帳消しとされ、マリー1世以降の王はどれだけ苦境に陥っても常に領土を広げ、富を拡大していった。
その過程で王権は神聖視され、数少ないパイを争うのが常であった貴族も急激な拡大に適応する為に一致協力せざるを得なかった。
有力貴族が富を一人で独占するにはあまりにも帝国の拡大が早すぎたのである。

この結果、王権神授説に疑いを挟む者は現れず、王の統治に疑問を覚えるものは皆無であった。
そんな帝国に一つの疑問を生み出す存在が現れた。

…庶子王ウィリアム。

神に認められぬ結びつきにより産み落とされた赤子が王となる。
これは五賢帝最後の皇帝、フレドリック2世の浅慮が招いた事態だった。
前皇帝は自己の権力を絶対視する余りに自己の王権がどこに由来するのかを忘れていたのではないか。

私は誓って宣言するが、敬虔なカトリックの信徒である。
神の存在に疑問を挟むなどという恐れ多いことは考えたことも無い子羊の一人だ。

仮に王が神に選ばれた存在なのだとしても、王は神そのものではない。
王は過ちを犯しうる人なのである。
これから先、王が民衆を虐げるようなことがあれば誰も止めることのできるものはいない。
大英帝国が世界を支配するのであれば、その暴走は世界の破滅を意味するだろう。

私はその最悪の事態を防ぐ為の安全柵が必要なのではないかと常々考えていてた。
憲法という名の規則で君主の暴走を戒める。
物言わぬデウスではなく、人類の叡智たる法の下に君主を置く制度。
立憲君主制を敷くことこそが大英帝国の安定に寄与するのだ。

私は今、王に会見を求めようとしている。
幼いウィリアム王の資質は知らないが、彼にとって魅力的な提案をしよう。
彼は王として認められることを何より望んでいる。

よく磨かれた宮殿の廊下を音鳴らして歩く。
目の前には茶色い犬が私を見つめて立っていた。

雑種犬がこのような場所にいるべきではない。
私はその犬を蹴飛ばした。
叫び声をあげて、犬はどこかへ消え去った。
後で使用人に靴を磨かせねばなるまい。

気を取り直して私は歩を進めた。

~ ロバート・ウォルポールの述懐 ~

拒否された皇帝

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1700年、民衆に蔑まされながら一人の王が即位した。
ウィリアム5世・ランカスター。
庶子王ウィリアムの治世の始まりである。

しかしこの王は即位前からうだつのあがらないジェントリ出身の男を傍に従え、一つの決断を実行させている。

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立憲君主制への移行。
君主から移譲された権限により議会が法治によって支配する分野は拡大した。
王権に枷を填めたことによる代償として貴族、聖職者の代表である議員達は王の統治を支持することを誓約した。

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この一連の工作を王の右腕、ロバート・ウォルポール卿が担当している。
ウォルポールが歴史の表舞台に姿を現した瞬間だった。

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一方で皇帝ウィリアム5世は民衆の更なる不況を買う決定も行なった。
スペイン、ポルトガル公爵領の併合である。

「スペイン公国に謀反の疑い有り」
「清国に技術を提供し、その支援を得てポルトガル公国と共に独立を果たす目論見か」
「新大陸植民地政府との連携も確認された」

当のスペイン公爵、ポルトガル公爵はあっさりと併合を受け入れた。
ランカスター家との婚姻を繰り返した彼らはイベリアが英国領土であることに疑問を覚えていなかった。
英国に逆らってまで独立を成そうという意気は完全に失われていたのである。

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前述の噂も立憲議会初代首相ウォルポールが適当な名分を作る為に流したものだという意見が過半数を占めていた。
立憲君主制を取ったものの、これらの工作は地方分権を犯すものだとして不評を買った。

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庶子王は誇りを手に入れるため民衆の歓心を買うことに必死だった。
人気取りを目論む君主が行なうことは大体決まっていた。

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対外戦争における圧倒的な勝利……古今東西変わらぬ施政者の伝道芸である。

~ 宮廷歴史家エドワード・ギボン著 「大英帝国興隆史」より ~

罪人

庶子王ウィリアムは王権に対する正統性を示す為、ウォルポールの勧めによりオーストリアの姫と婚姻している。

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名前はマリア・テレジア。
しかしながら皇后マリアは庶子の王に対する軽蔑を隠そうともしなかったので夫婦仲は控えめに言って最悪だった。

同様に皇帝ウィリアムは欧州王室との婚姻政策により自信の正統性を誇示しようとしている。
仲の悪い異母姉妹は全てこの政策にかこつけて宮中の外に出していた。

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皇帝は自信を理解してくれる親族を求め罪を犯した。
父王と同様、許されざる結びつきでチャールズという名の男子を授かったのである。
この出来事によりマリアとの夫婦仲は完全に破綻した。
以後、この夫婦の間に実子は一人として誕生していない。

~ 宮廷歴史家エドワード・ギボン著 「大英帝国興隆史」より ~

悪評

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「かの皇帝の野心は明らかです。もはや一刻の猶予もありません」

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1709年、大英帝国によるリガ共和国への宣戦布告の報を受けてヴェネチアの十人委員会が召集された。
ヴェネチア共和国ドージェ、パオロ・レニエールは眉間に皺を寄せてその報告を受け止める。

新大陸征服を完了させた大英帝国は新大陸方面軍を解散。
そしてその軍隊を欧州に再配置し、リトアニア、ポーランド、デンマーク、セルビアといった欧州独立国家も僅か20年余りで平らげていた。

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その戦力は常備軍70万、更に傭兵を各地で雇い入れて百万の兵力を持って新たな軍事行動を策定しているという。
未だに留学生制度は継続されているが、百年の不可侵条約はとうの昔に失効している。
ヴェネチアに侵略者の獰猛な牙が食い込むのは時間の問題のように思われた。

「決を採る。自由を捨て帝国の庇護の下に生きるか。独立を維持する為の対帝国戦争を起こすべきか否か」

委員の一人が叫んだ。
自由を与えよ。然らずんば死を!

「決は下された。我が国はリガ共和国と協力して帝国を崩壊させる」

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「ヴェネチアは退廃の海にどっぷりと漬かりすぎたのです」

ウォルポールは一連のヴェネチア共和国による大英帝国内乱工作の顛末をこう結んだ。
武力では到底大英帝国に適わないと考えたリガ、ヴェネチアの両共和国。
彼等は帝国内部に工作員を送り、帝国内部で扇動したのである。

…正統なる王を玉座に。神に見放された庶子に死を!

この工作は英国諜報部に察知され、瞬く間に露見した。
こうも簡単に諜報工作が露呈したことはヴェネチアの国力停滞と見通しの甘さによるものだった。

「戦という緊張感なくば、国家ですらこうも堕落するというのか」

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謀略の達人である目の前の首相を見つめ、ウィリアムは溜息をついた。
両共和国がこのような無様な工作を始めたのも恐らくウォルポールの仕業だろうと皇帝には察しがついていたのである。
首相はヴェネチア攻略を以前から皇帝に提案していたが、皇帝は御伽噺の登場人物が結んだ不可侵条約を失効後も尊重していた。
その煮え切らない態度に対し、最も皇帝の怒りを買う形で共和国を挑発させたのは想像に難くない。

「余と共にあろうとするものはこれで誰もいなくなった」

国家の関係に友は無し。
それでも長年の盟友であったヴェネチアならば共存していけると信じていた皇帝の想いは裏切られた。

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1711年には属国カザフスタンを経由した東アジア方面への道が開ける。

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1717年には清国の保護を宣言し、大英帝国は手持ちのポーンを世界のどの場所においても動かせるようになっていた。

~ 宮廷歴史家エドワード・ギボン著 「大英帝国興隆史」より ~

偉大なる侵略

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「清国国境沿いに全兵力配備完了しました」
「よろしい。本日を持ってアスカロン作戦を開始する」

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1723年5月19日。
作戦名はアスカロン。
イングランドの守護聖人、聖ジョージが持つ巨大な竜を倒したとされる武器に肖った百万の常備軍を動員した類を見ない作戦が開始される。
この作戦を担当するのは大英帝国元帥アーサー・ウェルズリー。
皇帝リチャードは政治生命を賭けてこの作戦に臨んだと言われている。

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インド、東アジアに残った全ての国を同時に征服、保護下に置くことに成功。

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10年はかかると言われていたアスカロン作戦を僅か3年で終結させた功でアーサー・ウェルズリーはウェリントン公爵領を拝領する。

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一方で北インドの雄マールワ王国は密かに西洋の最先端軍事技術を習得し、帝国の保護を拒否。
徹底抗戦の構えを見せる。
徹底した軍事情報封鎖を強いていた大英帝国だったが、その封鎖網に漏れが生じていたのである。
諜報担当の大臣ボーフォート公はこの失態の責を取って辞任した。

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それでもアスカロン作戦によってマールワ王国を除くアジア一帯の征服は完了したのである。
この偉大なる侵略の成功は民衆を沸かせた。

「我は王である。唯一人の、正統なる英国皇帝である」

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この偉大な業績を見せ付けられたことでリチャードのことを庶子王と呼ぶものは頭の固い老人を置いていなくなった。

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アジアからシルクロードを通じて運ばれる香辛料、茶、陶器。
新大陸から大西洋を渡って日夜船から卸される煙草、砂糖、珈琲。
数々の品物がアントワープに積み下ろされていく。
富は帝国を潤し、戦争を通じて流されていく。
この経済の循環により怠惰の罪を背負った帝国民以外は下々の者に至るまで豊潤な生活を味わうことができたのである。

~ スミス・ハワード著 「近世のアレキサンダー、ウェリントン」より ~

蜜月の終わり

ロバート・ウォルポール卿失脚。
1739年の年明けはこの話題が帝国で持ちきりとなった。
皇帝の寵臣と言われ、40年に近い治世を首相として支えてきた男がその座を降りたのである。

「もはやこの巨大な帝国は陛下一人の手に余ります。議会におります陛下の忠臣に更なる権限を与えて円滑な運営をしなければなりません」

発端はウォルポールの忠言だった。
ラフィット好きの腹の突き出た首相は自身の夢を叶えるために事ある毎に議会への権限委譲を申し立てていたのである。
それに対して皇帝は冷淡に言い放った。

「オーフォード伯。いや、ウォルポールよ。お前は余の首に枷を填めて言いなりにできると勘違いしておるようだな…。もはやお前の力がなくとも民衆は私を正統なる王として認めておる。余の治世において議会は皇帝の手足としてのみ存在を許されるのだ」

皇帝の後ろ盾を失ったウォルポールに対して今まで虐げられてきた政敵は容赦なく群がり、骨一つ残すことなく彼の権力は失われた。

「余は一人でこの道を往く。ただ独り、ランカスターの夢と添い遂げよう」

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もはや帝国に逆らう国はこの地表に存在しなかった。
帝国が羽を休めている時のみ世界は一時の平和を許された。

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帝国の庇護を拒否したマールワ王国に対し、大英帝国は自身の手を汚さずに保護国が嬲るに任せていた。
1757年、72歳となった絶対君主は号令を下す。

「人の手で、神の国を成就せり」

第八話 ~孤独なる人~ 完

次回 最終話 ~Lancaster the Conqueror~ に続く。

最終話 ~Lancaster the Conqueror~

詳しい解説はハートマン軍曹白熱教室 世界征服編最終回にて


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Last-modified: 2014-04-23 (水) 04:12:00