AAR/普通にEarly Reich

あらすじ:
カトリックとプロテスタントの対立に伴う神聖ローマ帝国の三十年戦争はカトリックの不戦勝で終わった。
それもこれも、大国の威を借る裏切り者ブランデンブルグのせいであった。
盟主ボヘミアは落日となり、一方ブランデンブルグは威光を高めてプロイセン王国への変体を宣言する。
だが、それからがプロイセン受難の始まりであった……。
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1599年、オスマン怒涛の反乱祭りを鎮圧してOpinionを稼ぎに行ってました。

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だいぶ領土も綺麗になったし、そろそろポーランド分割もいいかなぁの精神で1601年プロイセン化。
チュートン地域にPermanentCoreが生成されるため、ポーランドとの関係が大幅に悪化します。
カトリックなら維持できても、プロテスタントならマッハで同盟切られることでしょう。

そもそもプロイセン変体出来る時点で改革派orプロテスタントなので、
カトリックに戻るなんてことはありえませんがね。
カトリックドイツプレイをやる場合はプロイセン変体はできないことは頭に入れておこうNE!

また、プロイセン化は三十年戦争の前にやるとカトリックが勝った場合に
KingdomからDuchyに政府ランクを下げられて外交官まで減らされて辛いため
できるだけ変体は三十年戦争集結後に引き伸ばしたほうがいいと思います。

ただし、その後の流れを見たらやっぱりプロイセン化は最後まで引き伸ばしたほうが身のため
あるいは三十年戦争中にプロイセン化した方がいいかもしれないと完走後に考え直しました。

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1.18とRights of manのDLCで使えるようになるプロイセン専用政体です。
Militlization of Country(MoC)が100になると、Army maintenance-33%、National manpower modifier+33%
さらにDiscipline+10%の凄まじいボーナスが手に入ります。
これを活用すればDiscipline140%の凄まじい軍質を手に入れ、大国間の戦争でもブイブイ言わせられます。

が、今回は既に領土が広すぎてMoCの変化は既にマイナスです。
Mil50点で+MoC10%できるため、mil500点を捧げ
いざという時に一時的に軍を強化するスゴイ戦争税と思って運用するのがベストだと思っています。

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なんて言ってたらポーランドから速攻で同盟切られたので、目ぼしい大国を探してたらイギリスが同盟組めそうなので
1604年同盟、プロテスタントなのでズッ友として仲良くやれることでしょう。
ついでにロシアとの将来の同盟を見据えて関係改善しておきます。

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1605年、もはや恒例となったカスティーリャ主導のフランスフルボッコに参戦してカトリック諸国との顔つなぎをしておきます。
フランス戦自体は1609年に無事終わりましたが、ブルゴーニュが消耗しているのを確認。

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これは殴るチャンスとばかりに同盟を見たらイギリスが参戦してくれるので、ブルゴーニュからケルンを回収すべく
1610年に宣戦し、1615年にアウグスブルグ属国化、ケルン割譲、イギリスにカレー割譲で終戦しました。
ちなみにこの時にどういう訳かオスマンから同盟を切られてしまいます、まあしょうがない。

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1616年、暇なので東を見てたらポーランドとオスマンが死闘を繰り広げていました。
1617年にはオスマン優勢を確認し、新同盟国となったロシアを誘っていざポーランド分割を実施します。
やっぱりプロイセンと言えばポーランド分割だよね、polan cannot into space!
この世界のポーランド分割はオーストリアの代わりにオスマンが参加することになりました。
プロイセンとロシアは史実通りですが、大分年代が速いです。

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初動でロシアが逆襲を受けて若干負けてましたが、西部戦線は順調に推移しています。
オスマンはどこまで領土巻き上げる気なのかポーランドの大半を占拠しています。

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その後プロイセンの主力で消耗したポーランド主力を粉砕し、1621年にプロイセン諸州を割譲して終戦しました。
プロイセン地域を回収して領土の形がかなりプロイセンっぽくなりました、もう200年後のプロイセン並の領土を誇ります。

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1622年に外交的に詰んでるボヘミアを攻めます。
同盟国のバイエルンを属国化するのが今回の目標です、万が一に備えてイギリスも一緒です。
ですが目標であったバイエルン属国化はWarScoreが100%を超えているのであえなく断念し
ボヘミアの一部とザルツブルグを属国化して今回は諦めることにしました。

1625年いつものカスティーリャによるフランス虐め
これはいいとして、手持ち無沙汰なのでロレーヌを見ると皇帝オーストリアだけ参戦となっているのを確認。
いつの間にか神聖ローマ帝国から追放されてしまったようです、まあイギリス居るしいいかと参戦したら大変なことになりました。

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やだ……カスティーリャにサヴォイにハンガリーとフェラーラがいつの間にか敵に回ってる。
懲罰戦争並の詰んでる状況にいたり、プレイヤー半泣きでパニックになる。
初心者に優しいドイツAARのお題目はここで完全消滅しました、鉄人じゃなかったらロードしています。

それでも冷静に考えた結果、とりあえず順次脱落させて行けば勝つる!と思い
まずはカスティーリャから全軍で粉砕し、その後西廻りに全部の国を脱落させる方針を決定。

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まさにシェリーフェン・プラン並の方針を建てた後は西から順番に全方位の敵を粉砕し、
半泣きになりながらカスティーリャ・サヴォイ・フェラーラと和平、本国に戻ってハンガリーとオーストリアを撃破し
オーストリアから1州巻き上げてロレーヌを併合し、なんとか1634年に終戦。
オーストリアはともかくFavorガッツリ稼いだカスティーリャとの同盟が切られたのは辛い。
なので外交官を飛ばして何とか再同盟に走っていました、後に無駄な努力となったことが分かりました。

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かなり疲れたものの賠償金のお陰で継戦能力は十分あり、
ポーランド分割ミッションが来たのでこれは分割しか無いっしょと1635年にロシアを誘ってポーランドに宣戦。
1637年に完全勝利して第二次ポーランド分割完了、東部の領土はほぼ予定の形になりました。

ポーランド虐めをやりすぎたのか1639年にカスティーリャから同盟を切られる、嫌な予感しかしない。
まあとりあえず疲れたので少し休んで新領土の安定を図る。

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1647年、ロシアがオスマンに宣戦したので参戦要求を飲む。
もうオスマンとの関係修復は絶望的なので、ロシアと心中するかと真面目にコンスタンティノープルを落とす。
が、ちょっと真面目に頑張りすぎたのが消耗し過ぎたのが災いの始まり。

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1651年、見計らったかのように消耗したプロイセンに対してブルゴーニュが主導の懲罰戦争が突然開始。
ドイツ領邦だいたい全部とスウェーデンに列強ブルゴーニュが参加しています。
ちなみにオスマン戦は当然のように継続しており、防衛戦争に参加したロシアは全く当てにできません。
イギリスが防衛戦争を履行してくれたのが唯一の癒しです。

こうならないようにもっとゆっくり拡大するべきだったのに……
既に瓦解していますが、もう初心者に全くお勧めできないドイツAARになってしまいました。(2回目)

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またもやスクショ取る余裕も無いぐらい半泣きで四方八方の敵を順次潰しています。
同盟のイギリスが潰れるまでが勝負、ロシアは当てにならないので何とかオスマン戦の無事を祈ります。
とにかく質の高さを駆使して、ガンガン敵を潰していきます。
戦争を終わらせたい一心でブルゴーニュに特攻し、首都を占拠して無事賠償金で1654年に戦争を終わらせました。

ちなみにロシアはオスマンに負けて賠償金を払っていました。

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2連戦で疲れたが、それでもチャンスを見つけたら宣戦宣戦!
そんな感じでミッションでCBを得て、北部の国境を綺麗にするべくユトランド半島の統一目指し
スウェーデンに宣戦、海軍は死んでいますがイギリスが同盟なので問題ありません。

1660年にユトランド半島統一で手打ちにしました。
そろそろAdm技術Dip技術23も近いので、30年ほど大人しくしようと考えました。
拡大はNationalismCB解禁後の方がむしろ速いからです。

アイディアは6つ目にDiplomaticを取ることを決めました。
未来を考えたらExplansionで植民地を確保するべきですが、
もういい加減に未開拓州が減ったのと、Diplomatic Reputationを上げて外交併合のスピードアップに加え、
AEの減少を狙おうという考えです。
そろそろ味方になってくれる国が減ってきたので外交関係はなるべく多く持ちたいので。

この間にスペインと再同盟、サヴォイと同盟締結で外交関係をもう一度安定させる。
カスティーリャはいつの間にかスペインになっていました。

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1664年、オスマンとロシアの第二ラウンド、ロシアが盛大に負けています。
ロシアはこの時何を思ったのかプロイセンをライバル視して同盟切ってくれたので自業自得です。

1667年に再独立していたアンスバッハと同盟を組み、関係+190からの属国化に成功しました。
こうやって小領邦を外交で巻き取っていくのが本来のスマートなドイツ建国AARの手法になります。

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大人しくすると決めたのに1667年リューネブルク宣戦、領土が汚いと気になるしNE!
……そんなことしてたらまたズルズルとオーストリアとスペインとサヴォイとポーランドが参戦、同盟はどうした!
オーストリアに戦争主導権が移ったわけでも無いのにやたら同盟がでしゃばる当たり、
これが新システムの列強介入?かと思うと溜息、この辺でカトリックとの外交を諦め始めました。
ちなみに同盟国は居ないので今度こそ孤立無援の全方位敵です、実にドイツっぽい。

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もうなんかクラクラしつつ、前回と同じことやればいいさとリューネブルク落とした後にスペインとサヴォイを個々に蹴散らす。

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反転してオーストリアとポーランドを撃破し、リューネブルク併合でなんとか終戦。
この時プロテスタントの信仰の守護者を取っていたせいで、プロテスタントのハンガリーからオスマン戦に呼ばれる。
スペインサヴォイポーランドオーストリアを片付けて余裕のある時期だから参戦したけど、兵を送る余裕は無いんだよ。

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リューネブルク併合が一段落付いた所で、死にかけのハンガリーを救出に行く。
2年近く無駄に消耗した末にハンガリーの負けで信仰の守護者を落とす、余計な戦争はもう懲り懲りだ!

1672年にManifactuaryのInstitutionを受容し、平和モードに移行できキツイ戦争ラッシュを乗り切ることに成功しました。
北ドイツのドイツ化に必要なプロビはほぼ回収しきり北ドイツはほぼ平定終了と言っていいでしょう、もう何も怖くない。
南ドイツはNationalismCB解放後に一気に切り取ります、ここからは時間との戦いです。


添付ファイル: file1667_luneburg_3rd.jpg [詳細] file1667_luneburg_2nd.jpg [詳細] file1667_luneburg_1st.jpg [詳細] file1660_sweden_war.jpg 245件 [詳細] filekingdom_of_prussia.jpg [詳細] fileprussia_diplomatic.jpg [詳細] filebritain_alliance.jpg 220件 [詳細] file1605_france_war.jpg 219件 [詳細] file1610_burgundy_war.jpg [詳細] file1621_afterwar.jpg 300件 [詳細] file1622_bohemia_war.jpg 299件 [詳細] file1625_greatwar_2nd.jpg [詳細] file1674_afterwar.jpg 51件 [詳細] file1680_prussia.jpg 58件 [詳細] filebra_punishmentwar.png [詳細] file1674_hungary_dof.jpg 298件 [詳細] file1625_greatwar.png 230件 [詳細] fileluneburg_coalition.png [詳細]

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Last-modified: 2020-01-16 (木) 20:03:22